北の映像ミュージアムは7月初旬再オープンする予定です

新型コロナウイルスの影響で休館を余儀なくされていた北の映像ミュージアムですが、休館中に資料整理を行っています。

さっぽろ芸文館時代の展示資料などを4分の1以下のスペースの現ミュージアム&事務所に持ち込んだため、手狭になっていました。

これを機会に新たな展示資料と保管資料に分け、装いも新たに再オープンしたいと考えています。

これまで、自粛していた施設や営業が6月より再開されていますが、当ミュージアムは6月一杯、再オープンのため資料整理を行い、7月初旬に開館を目指します。

再開館日は決まり次第お知らせします。お待たせして申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

当分の間、北の映像ミュージアムは休館いたします

新型コロナウイルス感染が止みません。緊急事態宣言が出され、外出などの自粛が要請されています。北海道、札幌市共、沈静の気配が見えず、特定指定地域にになっているため、当面、北の映像ミユージアムは臨時休館させていただきます。事態が沈静化次第、開館する予定です。ご協力ください。

会報41号の編集作業を行いました

4月発行の会報41号の編集作業を4日、スタッフ3人で行いました。内容は和田理事の「狸小路5丁目に映画館が戻って来る!」、大石理事のフランス滞在記など。4月下旬には郵送でお届けできる見込みです。どうぞお楽しみに。image

1月の「シネマdeトーク」が開かれました

「やります!」二つ返事で引き受けた健さんの新境地

 恒例の「シネマdeトーク」が1月18日(土)、書肆吉成で開かれました。函館ロケの「居酒屋兆治」をテーマに、北の映像ミュージアムの小田原賢二副理事長が語りました。以下はそのお話です。

 映画は函館の西部地区・金森倉庫周辺が舞台でしたが、山口瞳の原作は東京都国立市のJR南武線谷保駅に近い、つ焼き屋「文蔵」がモデルです。谷保とう街は菅原道真をまつった「谷保天満宮」で知られています。江戸時代からの地主と、新興住宅街に移り住んだサラリーマンが共存している郊外住宅地。1975年、脱サラしてこの地に店を構えた八木方敏さんと奥さんが二人で営んでいた「文蔵」は、10人ほど座ればいっぱいになる小さな店。

 私も近くに住んでいたので何度か訪れました。通学駅となる一橋大学の学生や谷保に住むサラリーマンたちでいつも賑わっていました。山口瞳も常連客でよく見かけたものです。モツをその場で切って焼くのが売りで、八木さんはいつもカウンターに背を向けてモツを焼いていました。奥さんが病になり、店を閉めましたが、三鷹に今もあるバサラという居酒屋がその味を引き継いでいます

「居酒屋兆治」について語ったシネマdeトーク

「居酒屋兆治」について語ったシネマdeトーク

 大ヒット作「南極物語」に続く作品として、以前に「駅 STATION」などで組んだ降旗康男監督と一緒に映画を…と考えていた高倉健さんに、降旗監督は「居酒屋兆治」の台本を渡し、出演を打診したそうです。「正直、断られるかな」と思っていたところ、「やります」という返事。これまでヒーローを演じることが多かった健さんには、名もない庶民役をやってみたいという思いがあったのでしょう。役柄の上でも脱皮を考えていた時期でもあったようです。その後、「鉄道員(ぽっぽや)」「ホタル」、そして最後の作品「あなたへ」など降旗、高倉コンビによる作品が続いていくきっかけになりました。

 主題歌は加藤登紀子の「時代おくれの酒場」。オープニングはおときさん、エンディングには健さんの歌が使われています。歌は77年に作られていますが、「ぜひこの曲で」と健さんが言い出したそうです。函館の花火シーンは道新の花火大会。大滝秀治、小松政夫、東野英治郎、刑事役の小林稔侍ら脇役も芸達者ぞろい。木村大作のカメラも素晴らしい。店は東宝撮影所内のセットです。大原麗子は念願の初共演。薄幸な役柄は孤独な死を遂げた彼女の実人生と重なって見えます。

※3月21日に予定していた書肆吉成での最後のシネマdeトーク「私の好きな映画」は新型コロナウイルスの感染予防のため、残念ながら中止いたします。場所を変えてのシネマdeトークは、日時決定次第、お知らせいたします。

「シネマDEトーク」1月は18日(土)です

今月の「シネマDEトーク」は18日(土)pm2時からIKEUCHGATE6階書肆吉成で小田原賢治北の映像ミュージアム副理事長の「居酒屋兆治の世界」です。

1983年高倉健主演、降籏康男監督が函館を舞台に描いた映画ですが、山口瞳の原作は東京国立市にあった焼き鳥屋「文蔵」がモデル。同店の近くに住んでいて、足を運んだという小田原副理事長が居酒屋兆治の世界と想い出を語ります。

ご参加ください。

12月の「シネマDEトーク」が開かれました

蛍がいた!松竹座
市議会議場で恋愛映画上映も・・・

月1回の「シネマDEトーク」が、12月21日、IKEUCHIGATE6階の書肆吉成で行われました。今回のテーマは「映画館グラフィティーⅡ」。街並み画家の浦田久さんと和田由美理事が、札幌の象徴ともいえる映画館「松竹座」の思い出を語りました。

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「松竹座には蛍がいた」という浦田さんの話から始まりました。夏の風物詩ではなく、美しい女性が4人いて、足下を懐中電灯で照らし、映画館の闇の中を座席まで案内してくれたそうです。チップは当時のお金で5銭。蛍嬢を目当てに足を運ぶ人たちもいたほど。映画を観に行くために、女性たちは髪結いに行き、着飾って出かけるほどのステータスを持った劇場でした。

戦時中、日本最初のカラー映画「千人針」が上映されたのもこの劇場。浦田さんは胸弾ませて出かけましたが、映し出された画面は真っ赤。当時の日本ではネガから上映用のポジフィルムにする現像技術はなかったようです。
また、松竹座とすすきの交番の間に小路があって、小便横丁と呼ばれていました。上映中小用を我慢していた男性客が終了後、小路に駆け込むことがしばしばで、町内会も業を煮やし、稲荷を建てて防戦したというエピソードも。戦後は進駐軍の専用館となり、1947年に復活。その後、話題作を次々に上映、札幌のシンボル劇場として親しまれました。70年に惜しまれつつ閉館となりましたが、座り心地のいい椅子はJABB70ホール、シアターキノで活躍し、いまも滝川で現役だといいます。
札幌市職労時代、市議会議場で恋愛映画を上映した青年期、三吉神社の境内で野外映画を楽しんだ少年時代など、札幌の街並みと映画を愛した浦田さんならでは思い出話も披露してくれました。
これからの「シネマDEトーク」の予定は
1月18日(土)「映画居酒屋兆治の世界」
小田原賢治(北の映像ミュージアム副理事長)
2月15日(土)高村賢治(北の映像ミュージアム副館長)
3月21日(土)「みんなで語ろう。マイベスト映画」
※しばらくスタッフブログを更新しておりませんでしたことお詫び致します。今後は定期的に更新してまいります。

会報40号を作成しました

年に3回、お届けしている会報の制作作業を11月30日、ミュージアム 事務所で行いました。今回の第40号は、盛況のうちに終了した「コタンの口笛」上映会の様子や、大石和久・北海学園大教授のリュミエール博物館訪問記、ノンフィクションライターで「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」原作者の渡辺一史さんのインタビューなどを掲載しています。会員のみなさん宛に、12月中旬には発送できる見込みです。会員限定ですので、まだ会員でない方はこの機会にぜひご検討ください。

10月のシネマDEトーク「成瀬巳喜男監督 没後50年」終了しました

ミュージアム主催の「シネマDEトーク」

(毎月第3土曜午後2時、書肆吉成@IKEUCHI GATE6F)

10月19日は「成瀬巳喜男監督 没後50年」と題し、

北の映像ミュージアム副館長の高村賢治が

「温泉から成瀬作品を解く!」のテーマで語りました!

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年内の予定は下記の通りです。参加無料。ぜひ。

◆11月16日(土)「映画とテレビー放送から制作へ」
佐々木純(北の映像ミュージアム理事長)

◆12月21日(土)「映画館グラフィティーⅡ」
浦田久(街並み画家)×和田由美(エッセイスト)

シネマの風景フェス2019「コタンの口笛」上映会レポート〈後編〉来場者アンケート

9月28日、札幌プラザ2・5で開かれた
「シネマの風景フェス2019」。
「コタンの口笛」を上映し、佐々木利和先生のトークを行いました。

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レポート後編は、ご来場くださった方々からの感想の一部をご紹介します!
たくさんのメッセージ、どうもありがとうございました。

* * *

人間の心の中にある差別意識の悲しさを改めて思い知りました。よい映画を有難うございました。佐々木先生のトークで「キクとイサム」を思い出しました。(77歳女性)

小学生の時にみた映画で只一つだけ覚えていることが「あ、イヌ」だという言葉だけで、この映画だった事が確認できた。佐々木先生と同じ体験をしました。

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差別…昔も今も同じ形でまたは違う形でずっと続いている。佐々木先生のトークの最後の言葉、忘れないようにしていきたい。もう一度、この映画を見たいです。次回は夫婦そろって来たい!!(70歳女性)

もう見られない映画と思っていたので、上映していただいてよかったです。昭和30年代の千歳の風景、コタンの様子がわかり貴重でした。佐々木先生のお話もよかったです。

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勇気と人権を問う現在社会のテーマとなる不朽の問題作だった。アイヌ問題を深く考察させてくれた。(80代男性)

私が千歳中学時代の作品で、千歳川や蘭越墓地、白老など懐かしい風景に感動しました。(70代男性)

とても考えさせられる映画でした。今なお残っている差別に憤りと悲しさを感じました。(60代女性)

「コタンの口笛」©TOHO CO.,LTD.

「コタンの口笛」©TOHO CO.,LTD.

懐かしい気分になりました。(20代男性)

石森延男の作品―今更ながら「コタンの口笛」を読んでいるところです。当時がすーっと頭の中に広がり、生き生きと動き出してきます。それはタイムスリップというより、今の時代に尚問われていることばかりです。(50代女性)

当時のアイヌの生活が見れて良かった。今の時代に観れてよかった。(40代男性)

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60年前にこんなに良い映画が作られていたことに驚いた。東京生まれで育ったため、アイヌという言葉自体に触れることがなかったが、こちらに嫁いで35年近く経ち、最近アイヌ刺繍に興味を持ち、アイヌの文化の素晴らしさを感じ、もっと世界に広まればと思うようになった。今日は映画を通して差別のことも考えさせられましたが、もっとアイヌの人たちの智恵や文化が広まって、差別が無くなる世の中になればと思います。(60代女性)