「シネマの風景 特別上映会」レポート④~小檜山博さんトーク

北の映像ミュージアム開館3周年記念

「シネマの風景 特別上映会」(9月13日)。

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映画「大地の侍」上映前には、

ミュージアム館長で作家の小檜山博氏が

「本庄陸男と日本文学」と題してトークを行いました。

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内容を要約してご紹介しましょう!

* * *

「大地の侍」の原作は「石狩川」、本庄陸男という作家が書きました。なぜ僕がここに立っているかと申しますと、僕は滝上町に生まれ育ち、そこの炭焼き小屋、貧農の息子。裸足で小学校に通った開拓農家の息子でございます。一方、本庄は滝上の隣町、4km離れた上渚滑に育ち、父親が開拓農家となり、彼も8歳から15歳まで8年間、農家の手伝いをしています。僕も14歳まで農作業をしました。

本庄も僕も、評論家からは「頭で書くんじゃなくて、体で書く小説家が現れた」という評価をされています。なぜかというと、僕等は農作業の経験から「土」というものを知っている。つまり、「土を書ける」という共通点があるのです。

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原作「石狩川」は、非常に暗い書き出しで始まります。徳川幕府から明治政府に変わり、政府軍に負けた武士団が食べるために北海道に来る、その伊達藩のひとつが石狩当別に入る風景の書き出しであります。

その暗さについて、「小檜山さんの『出刃』と同じだ」と言う人がいました。そのはずです。僕が「出刃」を書く前に読んだのは「石狩川」でありました。 「石狩川」は開拓の物語ですが、「出刃」は離農の話です。あれだけ希望を持って武士たちが北海道を開拓したものを、40年後には(実際は100年以上ありますけれど)、土地を捨てて離農し、都会に流民になって出て行かなければならない小説を書かざるを得なかったのです。その理由を、「石狩川」は暗示しているところがあります。

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大地の侍(C)1956 東映

まずは本庄の生涯を振り返りましょう。 彼は上渚滑の小学校を出た後、紋別の尋常高等小学校を出て、14歳で卒業。上渚滑の小学校の代用教員になりますが、まもなく辞め、上渚滑村役場の臨時職員になります。しかし、「何としても金を貯めて東京に出たい」と樺太にわたります。1年弱働き、17歳で上京。青山師範学校を卒業し、東京の小学校の教員になります。その後、勤めながら小説を書いていきました。

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大地の侍(C)1956 東映

23歳の時、年下の女性と結婚しますが、彼が31歳のときに盲腸の手術に失敗して亡くなります。彼女はまだ29歳でした。そうして、今度は亡くなった奥さんの妹と結婚し、彼女に看取られて35歳で死んでいくわけです。 再婚した頃、本庄は肺結核になっていました。「石狩川」を34歳で書き上げ、2か月後には結核で亡くなります。 本庄のお墓は、本人の意志により上渚滑にあります。それは、8~15歳まで農作業に従事した、彼の精神風土がそこで育ったことを証明しているんだろうと思います。

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ここで本庄が当時、日本文学のどういう位置にいたのかということをお話しましょう。

彼は「文学界」など色々な雑誌に書いていますが、当時の仲間を見ると亀井勝一郎、小熊秀雄、伊藤整、田宮虎彦、川畑康成、山本雄三、谷崎純一郎、太宰治、林芙美子…などなど。「石狩川」の帯を書いているのは、「機械」などで有名なあの横光利一です。そういうことを考えても、彼がいかに凄かったかがわかります。本庄がこのレベルにいたことを、残念ながら北海道の人は知りません。

現在、日本から文学は消滅しました。僕の言っている文学は純文学の形をとるわけですけれど。今あるのは、通俗小説であり、大衆小説であり、サスペンスであり、推理であり、人殺しだけです。

それでは、日本に文学の復活の可能性はないのか。あるんです。それも、3つだけであります。ひとつ目は、「沖縄」、ふたつ目は「関西の差別」。

そして、3つ目は、「北海道開拓の問題」なのです。それは、アイヌ民族の問題、開拓者の子孫である我々の問題を含めて、北海道はどうあるべきかが解決されていない、という背景があるからです。我々の中にある自立心のなさ、このことを我々は自分自身に向かって問いかけなきゃいけないと思っています。

そして、この「北海道開拓の問題」を最初に描いたのが、本庄の「石狩川」なのです。 たとえばその後、開高健も「ロビンソンの末裔」で、有島武郎も「カインの末裔」で北海道について書いていますが、「石狩川」を超えてはいないと思います。なぜなら、百姓じゃないからです。彼らは頭で書いているんです。おそらく今までで10万を超える北海道の小説で、「石狩川」を超える作品は一本もないと、私は断言できます。日本文学においても、この小説はやっぱり頂点に立っている気がするのです。

ですから、〝日本文学の最高峰〟といえる「石狩川」を映画化した「大地の侍」をぜひご覧になっていただきたい。我々の先人、本州から来た人が血と汗とで開墾した土地を、なぜ50年、100年で捨てなきゃならなかったのか。食べ物を作っている農民が食べられなくて離農せねばならなくなったのか。これが、本庄が投げかけたテーマなのです。それを皆さんで汲み取っていただければと思います。

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大地の侍(C)1956 東映

「シネマの風景 特別上映会」レポート③~桜木紫乃さんトーク(2)

北の映像ミュージアム開館3周年記念

「シネマの風景 特別上映会」(9月13日)。

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直木賞作家の桜木紫乃さん×道新記者・寺町志保さんによる

「挽歌」にまつわるトークの続きです。 (以下、敬称略)

* * *

寺町/初めての小説体験を詳しく教えていただけますか。

桜木/14歳のころ、実家の1階は床屋と住居。2階がアパートだったんですが、就職で出て行った大学生の部屋を掃除に入ったんです。段ボール箱が置いてあり、少し離れたところに一冊だけ「挽歌」の文庫本がありました。ちょっと読んだら、なんと、自分の生まれ育った町が舞台ではないですか! 掃除もせず、夢中になって読みました。すると次の日から、不思議なことに、今まで何気なく目にしていた町の景色が違って見えたんです。あぁ、これが小説なんだ、と思いました。これが、私の小説体験です。遅かろうが早かろうが、始まりは「挽歌」なんです。

寺町/「違って見えた」というのは、物語のヒロインたちが一緒に歩いているような感じですか。

桜木/ちょっといい雰囲気の大人の女性は「兵藤怜子のモデルかも…」、格好いい男性は「桂木さんかも…」と(笑)。そんな妄想が高じると、こうなっちゃうという悪い見本ですね(笑)。小説は、読んだ後に景色を変える。だから私も、「何かが変わればいいな」と思いながら書いています。

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寺町/私、釧路の帰りに帯広の屋台村で飲んでいたら、釧路から来たという方が、桜木さんの作品について全く同じことを言っていましたよ!

桜木/そうですか! ひとマスひとマス埋めたものを、そうして読んで下さるのはとてもありがたいです。

寺町/それにしても、14歳の女子中学生の目に、〝小悪魔〟怜子ちゃんと、煮え切っているのか煮え切らないのかわからない…既に私の価値判断が入ってますけれど(笑)桂木さん、そして桂木夫人の関係は、どう映ったのでしょう?

桜木/さっぱり分からなかったです(笑)。だって、景色を読んでいたんですもの。それが童話なら童話の方面に進んだかもしれませんが、原体験が「挽歌」なもんだから男と女を書くことになってしまい…いえ、別に原田さんのせいではありませんが(笑)。なんでしょうね、「男と女ってこうなんだ」という〝刷り込み〟ですね。

寺町/14歳の時点で?

桜木/ええ。「男と女は悲しいんだ」ということ。今なら言語化できるんですが、当時は何となく「ハッピーなことばかりではないんだな」という感覚でした。

寺町/怜子ちゃんのように男性を振り回してみたい、とは?(笑)

桜木/なかったですね(笑)。だって私、その後ホテル屋の娘になっちゃったもんですから。まるで恋愛小説を後ろから呼んだようなもので。ロマンチックな大人の男と若い女の心の揺れ動きから、一気に「あ、こんな匂いするんだ…」というところに行ってしまって、〝中間〟がなかったんですね。現場を見たことなくても、男女が汚した跡を見て、まるで〝踏んだ後のタンポポ〟ばかり見てきた、みたいな…。

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寺町/確かに、初めて読んだ恋愛小説は、その後の恋愛観に影響を与えますよね。

桜木/年下に惚れたことがありません(笑)。

寺町/それを〝挽歌後遺症〟とするならば、好きになった人に子供や奥さんがいたら、どうしましょう?

桜木/好きになった責任を取りますね。好きになることにも責任があると思います…あ、会場がシーンとしちゃった(笑)。

寺町/「挽歌」には色々な形の恋愛が描かれています。冷めてしまった夫婦の愛、若い男と美しい熟女の恋、初々しい若者の恋の真似事もあれば、ヒロインの若い女性と中年男性の愛も。果ては、若い娘から、今でいう〝美魔女〟に対する恋も描かれていますね。

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桜木/そうですね。女性同士の間にどんな感情が芽生えるか、ということも、問うていると思います。怜子は桂木夫人に対し、「ママン」という呼び方をします。あれは、原田さん特有の「ママン」。怜子は桂木夫婦の中をかき乱す、〝台風の目〟のような存在になるわけです。

寺町/私が読んだ時は、そのママンに対する恋というのが、何となくピンとこなかったんですけれど…。

桜木/色々な感情を「複雑」と言ってしまえば簡単ですが、私は「好奇心」という言葉を当てたいです。その「好奇心」が何歳まで許されるのか、という問いかけもしていると思います。だからこそ物語の終盤、ヒロインの怜子が修学旅行生をK温泉で見たとき、「少女たち」という言葉を使い、「自分はもう少女ではないのだ」という〝気づき〟を表現しています。原稿700枚を使って、少女から女になり、〝気づき〟まで書く、ということが、変わらぬ小説の仕事なんだと思います。

寺町/今読み直しても、全く古びないですね。

桜木/男と女のことって、時代が変わってもそんなに変わらない、と50歳を前にして思いますが、会場の皆様どうでしょうか…。あ、頷いてらっしゃる方がいる(笑)。寺町さんは今回、原作を初めて読んで、八木義徳さんの解説に「(怜子の愛は)不倫の果てに終わったのである」とあることにショックを受けたとか。なぜ?

寺町/そうはいっても、続編があれば、あの二人は続いているのでは…と思っている自分にショックを受けたんです。

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桜木/ピュアだな~! この景色の中で育った私は「終わりだろう」と思いました。だって北海道の女の場合、向こうも傷を持ってるし、こっちも傷持ってるし…めんどうくさいし、やってられない(笑)。

寺町/それ、北海道に風呂敷広げてよかったですか?(笑)

桜木/ごめん、道東です(笑)。理由は、流れ者が多いから。だって、漁業に炭鉱にパルプだもの! 流れる流れる(笑)。しかも男は、小金が中金になったら商売始めるでしょう。あるときぶち切れて、守りに入らない。そんな男たちを見ていると、期待しなくなるんですね(笑)。

寺町/桜木さんは以前、道新の旭川版で映画評を書いてらっしゃったほどの映画好き。普段はどんな風にご覧になっているのですか?

桜木/著作権のある身になったので、DVDは必ず買って観ることにしています。それも、一本書き上げた〝ご褒美〟にこれを一日中これを見るぞ!という感じ。次に進むためのステップですね。

寺町/ちなみに今、楽しみにしているのは?

桜木/「仁義なき戦い」! 最近DVD化された「離婚しない女」も待機中です。好きな映画は何度も見ます。

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寺町/そんな映画好きな桜木さんの、釧路を舞台にした作品「起終点駅(ターミナル)」が映画化されることになり、今まさに釧路で撮影されています。ロケをご覧になったそうですね。

桜木/佐藤浩市さん、本当に色っぽい、いい男でした!

寺町/佐藤さんは、最果ての地で、すべてを断ち切って孤独に生きる元弁護士の役ですね。

桜木/あのうらぶれた感が、私にとっての「桂木」の行く末なんだなぁ…。

寺町/小説になることで町の見え方が変わるというお話でしたが、映画になるとまた一段変わりますね。

桜木/新しいものになると思います。書き手の〝終点駅〟が、映画人の〝起点駅〟なんですよね。そうやって、物語は育っていくんだろうと思います。きっと「挽歌」が映画になったとき、原田さんも「育ててもらってる」という感覚があったんじゃないかな…今ようやくそこに立つことができました。ありがたいことです。

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寺町/映画に出ませんか、というお誘いもあったとか。

桜木/あったんですが、断りました(笑)。だって、ハラハラしたくない(笑)。いい映画は、最初から最後まで客席で楽しみたいんです。これは新しい「起終点駅(ターミナル)」。長谷川康夫さんが担当された脚本も、当然私の小説と違います。映画人の仕事って素晴らしいですね。本を読んでも、映画を観ても、楽しめる作品になると思います。

寺町/監督は「真夏のオリオン」の篠原哲雄さん。来年の秋、公開ですね!

桜木/すごく熱の入った現場でした。主人公の事務所のセットを見せてもらったんですが、「うわーすごい!」と思ったら、後ろは青ビニール(笑)。映画って、嘘つきだなぁと思いました。嘘と言う点では、小説も同じですが。あと、ストリッパーもそう(笑)。

寺町/「挽歌」の小説から58年、映画化から51年。釧路を舞台にした桜木さんの作品が新たに映画になることで、北海道・釧路の町の見え方がどう変わるのか。楽しみにしています!

(トークおわり)

「シネマの風景 特別上映会」レポート②~桜木紫乃さんトーク(1)

北の映像ミュージアム開館3周年記念

「シネマの風景 特別上映会」(9月13日)。

映画「挽歌」の上映前には、直木賞作家の桜木紫乃さん(写真左)が登場!

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北海道新聞記者・寺町志保さんとトークを繰り広げ、

原作小説や出身地・釧路への想いを語っていただきました。

軽妙なそのトーク内容を、たっぷりご紹介します。 (以下、敬称略)

* * *

桜木紫乃(以下、桜木)/今日は「挽歌」のお話をさせていただけるということで、大変楽しみにしてまいりました(会場拍手)。映画を観るのに前から3列目までは損だと思うので、そこまでは間違いなく私のファンということでしょうか(笑)。4列目はどうですか?(拍手!) ありがとうございます(笑)。今日は精一杯楽しい話をしたいと思います。

寺町志保(以下、寺町)/桜木さんとは12年前、「雪虫」がオール讀物新人賞を受賞されたときに、当時文芸部だった私が「おめでとうございます!」と電話をして以来のお付き合いです。不慣れな点もありますが、よろしくお願いします。

桜木/二人で足すと来年100歳のガールズトーク(笑)、楽しんでください!

寺町/会場には幅広い年代の方がいらっしゃるようですが、映画「挽歌」を初めて見る方は?(半数以上が挙手) では、原田康子さんの原作小説を読んでいない方は?(これまた半数以上が挙手) …そうですか! 私たちが今日話す甲斐がありますね(笑)。桜木さんが映画「挽歌」を初めてご覧になったのは?

桜木/30代、釧路の図書館のイベントで上映されたときでした。

寺町/私は今回初めて観ました。昭和32年のこの映画、主演の久我美子さんは当時26歳! 輝くばかりの年頃ですね。高峰三枝子さんは当時39歳、森雅之さんは当時46歳だそうです。

桜木/オイシイ年代ですね!

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寺町/映画に出てくるのは、昭和30年代の釧路の町。この夏、改めて釧路に行ったところ、風景も歴史も非常に立体的に、積み重なって見えました。久我さんが何度も上り降りする「相生坂」が旧市街の高台にありまして、急斜面なので雪で滑らないように手すりがあって、木々が覆いかぶさるように生えていて。映画の趣きが残っています。そこから見下ろす景色も、「映画で観たロータリーだ!」と思ったり、濃厚なものでした。桜木さんも最近、BSの仕事で「挽歌」の舞台を旅されたそうですね。

桜木/はい。その中で、高峰さん演じる「桂木夫人」の亡くなる釧路川のふちに行ったんです。そこで私、「ここで入水自殺したんですね」とコメントしたんですが、実は原作は「夫人はその川縁でカルモチンを飲んだのである」。読んでいるはずなのに、なぜか入水自殺したとばかり勘違いしていて、オンエアで原作の朗読を聞いて「嘘言ってるじゃん!」と泣きそうになりました(笑)。読み込んでいるはずのお話でも〝自分の風景〟にしちゃっているということですね(苦笑)。

寺町/釧路の高台には図書館がありますね。港が眺望できる大変素晴らしいロケ-ションで、ここで青春を送ったらどれだけ夢が膨らむだろう…と思いました。その図書館には原作者・原田康子さん直筆の原稿もあるそうですね。

桜木/原田さんの生原稿を拝見できたことは、大変な収穫でした。原稿は箱に入っていて、司書の方が恭しく持ってきて、手袋のまま一枚一枚めくってくれました。「手袋はいてやるんだね~!」と私が感心したら、同行した東京のプロデューサーの方に「手袋を『はく』と言うんですね」と返されましたけれど(笑)。

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その原稿を拝見したら、最初と最後の行が文庫と同じだったんです。普通、700枚の原稿を書くと、最初のもたつきを赤でカットしたりするんですけれど、原田さんは「頭にあるものをきちんと手から出していく」という作業をきれいになされていたんですね。「挽歌」を書かれているとき、原田さんのお気持ちは物語のためだけに存在していたことがよく分かりました。また、気持ちの走った走り書きもなく、ずーっと同じ文字なことにも驚きました。27歳の小説家になろうという人の〝情熱〟を感じましたし、書き手がいちいち泣いたり笑ったりしていては物語のためにならないことを、改めて知る機会になりました。

寺町/原田さんは戦後、21歳の時に東北海道新聞の記者になり、5年ほど勤めてご結婚なされて辞め、その後取り掛かったのが「挽歌」です。映画の中の釧路は昭和30年代ですが、桜木さんの生まれ育ったころは?

桜木/私は昭和40年代生まれ。物を書いていく上では、5歳から15歳くらいの間に見聞きしたものが大事だと思うんですけれど、そのころ見た釧路の町は、(昭和30年代と)そんなに変化はなかったと思います。漁業や石炭でにぎわっていて、日曜日となれば「北大通」を歩いて「丸三鶴屋」という百貨店やデパートに行ったり、まんじゅう屋に寄ったり、少し足を伸ばして「金一館」へ行く…なんていう暮らしが、まだ残っていました。「出世坂」から見ると、人の頭がずらっと4列に並んでいる光景を覚えています。

寺町/4列とは凄い光景ですね! 先日行った町の雰囲気からは想像もつきません。

桜木/今では人が通るかどうか…。ただね、釧路の町に行くたび、そして今回BSのお仕事で3日間旅をしてみて、改めて釧路をきれいな町、美しい町だと思いました。たとえば、誰もいない北大通を、街灯がポツンポツンと照らす風景。誰もいない川の岸を、異国情緒たっぷりな街灯がまるで金モールのように両側から照らす景色…。あぁ、町って、こういう風に美しく老いているんだ、と感じました。今は郊外に人が移りましたけれど、昭和30年~50年代、少し元気があった時代を思い出させてくれるだけでも、老いる価値があるのではないでしょうか。

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寺町/その釧路の町の〝原型〟は、これから映画でじっくり見ていただくとして。桜木さんは14歳のとき、「挽歌」を手にしたのが初めての小説体験ということですが…。

桜木/「遅い!」って、先輩の女性作家さんにハッキリ言われましたけれど(笑)。

寺町/新潮文庫の「挽歌」の帯に、「初めての小説体験。生まれた街の景色を変えた一冊です」と桜木さんが書いておられます。文学少女に生まれたら、大好きな作品の帯を書いてみたい!…とは思わないかもしれませんが(笑)、すごいことですよね!

桜木/光栄でした。担当が同じというだけで回ってきた仕事だったんですけれども(笑)。

(つづく)

「シネマの風景 特別上映会」レポート①~準備から開場まで

北の映像ミュージアム開館3周年記念として、

9月13日、札幌プラザ2・5で開催した

「シネマの風景 特別上映会」。

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600人近くの方々にお越しいただき、ありがとうございました。

感謝の思いを込めて、レポートをお送り致します。

* * *

会場の準備は前日午後にスタート。

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ミュージアム所蔵のほか、

高村賢治理事持参の貴重なポスターを展示します。

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「挽歌」は16ミリフィルムでの上映のため、

映写機を運び込む作業も行われました。

そうして当日。

開場1時間前に作業していたら・・・

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すでにお客様がチラホラ。

ありがたいことに行列ができました。

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1番乗りのお客様にインタビューする武島靖子理事。

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彼女が編集する会報は、10月発行予定です。

そうする間も「テケツ」と呼ばれる

1階のチケット売り場にも次々とお客様が。

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こちらはベテラン理事とボランティア学生さんで対応。

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そうして午前10時、「大地の侍」の上映が始まりました。

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(つづく)

10月、北海道映像記録創立40周年記念上映会!オールナイトで「廃止鉄道の夜」

北海道の鉄道好きの方、必見の上映イベントが

10月17日(金)、札幌プラザ2・5で開かれます。

ズバリ、「北海道廃止鉄道の夜 オールナイト急行」!

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江差線、万字線、幌内線・・・

今はもうない鉄路の記録映像を

オールナイトで上映しようという試みです。

さらに翌18日(土)には、

北海道の歴史、文化などを伝える短編記録映像の

上映会「光彩北海道」も開催。

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こちらは、層雲峡の四季や「箱館奉行所」の復元の様子、

画家・西村計雄の足跡など、

多彩な23作品がラインアップ!

実はこのイベント、

「北海道映像記録(株)」の創立40周年記念上映会だそう。

北海道の市町村、企業、施設のPR映像から

廃線の記録、テレビコマーシャルなど

多岐にわたる映像作品を作ってきた歩みを振り返ります。

嬉しいことに、どちらも入場無料!

お問い合わせは、北海道映像記録(011-520-1101)へ。

「シネマの風景特別上映会」は終了致しました

ミュージアム開館3周年記念として

昨日13日、札幌プラザ2・5で行った

「シネマの風景 特別上映会」は、

無事終了致しました。

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多くの方々にお越しいただき、ありがとうございました。

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本日14日付道新朝刊にも、掲載いただきました。

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小檜山博館長と作家・桜木紫乃さんのトークの内容や

当日の会場の様子は、後日ご紹介いたします。

どうぞお楽しみに!

あすは「シネマの風景特別上映会」&ミュージアムの閉館時間が早まります

あすは、ミュージアム開館3周年記念

「シネマの風景 特別上映会」です。

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それに伴い、ミュージアムは午後2時で閉館とさせていただきます。

どうぞよろしくお願い致します。

それでは、会場でお待ちしております!

9月13日「シネマの風景特別上映会」見どころ⑤~蔵出しポスター展

あと2日に迫った

ミュージアム開館3周年記念イベント

「シネマの風景 特別上映会」(9月13日、札幌プラザ2・5)。

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見どころとして最後にご紹介するのは、

蔵出しポスター展!

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ミュージアムが収蔵する名作ポスターの数々を

この機会に一挙公開致します。

会場の入口、階段、ロビーなど、

すべてのスペースに展示される予定。

どんな作品が並ぶのか。これは必見ですよ!

* * *

「シネマの風景 特別上映会」
日 時  2014年9月13日(土) 午前9時半~午後8時16分
場 所  札幌プラザ2・5(札幌市中央区南2西5、狸小路5丁目)
内 容  映画『大地の侍』上映&ゲストトーク「小檜山博/本庄陸男と日本文学」 映画『挽歌』&ゲストトーク「桜木紫乃/挽歌と霧の街」  (前売券/1本1,000円、当日券1本1,200円 ※入れ替え制)
主 催  NPO法人北の映像ミュージアム

9月13日「シネマの風景特別上映会」見どころ④~桜木紫乃氏トーク

いよいよあと3日!

ミュージアム開館3周年記念イベント

「シネマの風景 特別上映会」(9月13日、札幌プラザ2・5)。

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見どころ4つ目は、直木賞作家・桜木紫乃さんのトークです。

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釧路市で生まれ、

14歳の時、両親が営むアパートの住人が残した

原田康子の小説「挽歌」を読み、衝撃を受けたという彼女。

普段目にするありふれた風景も、

作家の目を通すとこのように変わるのかと意識させられ、

文学を志すきっかけになったそうです。

そんな桜木氏が、「心を許した相手」と指名した

道新記者・寺町志保さんをインタビュアーに迎え、

出身地の釧路や生い立ち、「挽歌」の魅力について

存分に語っていただきます。

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挽歌(C)1957 松竹

 

原作、映画を、桜木さんのトークを通して

楽しめる滅多にない機会。

ぜひご参加ください!

* * *

「シネマの風景 特別上映会」
日 時  2014年9月13日(土) 午前9時半~午後8時16分
場 所  札幌プラザ2・5(札幌市中央区南2西5、狸小路5丁目)
内 容  映画『大地の侍』上映&ゲストトーク「小檜山博/本庄陸男と日本文学」 映画『挽歌』&ゲストトーク「桜木紫乃/挽歌と霧の街」  (前売券/1本1,000円、当日券1本1,200円 ※入れ替え制)
主 催  NPO法人北の映像ミュージアム