「こっぱみじん」の砂川出身、田尻裕司監督インタビュー①

先日ミュージアムにお越しくださった

砂川出身の田尻裕司監督。

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最新作「こっぱみじん」が、札幌シアターキノで

11月22日(土)から28日(金)まで上映されます。

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※映画の公式サイトはコチラ

子どもの頃から映画の話題まで、

1時間にわたったインタビューを2回に分けてご紹介します。

* * *

―よろしくお願いします。まずはそもそも、映画監督になろうと思ったきっかけは?

子どもの時から映画ばかり見てました。といっても、映画館に行くお金はなくて、年に1本程度。当時砂川には3館あって、初めてスクリーンで観たのは確か7歳の頃、「シネマパレス」で「名犬ベンジー」だったはずです。

―ということは、何で映画をご覧に?

毎日テレビで映画を観てたんです。小1の時から「週5日は夜11時まで起きていい」という親の了解を得まして。その頃は淀川長治さん、荻昌弘さん、高島忠夫さん、小森のおばちゃま、水野晴郎さんが解説していて・・・

―黄金期ですね!

高校卒業まで、ほとんど欠かさず観てました。1970年代半ばの当時、多かったのは外国映画ですね。好きだったのは、西部劇やアメリカのパニックムービー。「タワーリング・インフェルノ」「ポセイドン・アドベンチャー」なんか毎年放送されるので、毎回観てました。チャールズ・ブロンソンとかスティーヴ・マックイーン、クリント・イーストウッドなどスターの出るアクション系の映画も好きでした。

―なるほど。

その後、今度は日本で角川映画が始まり、僕は自称〝角川映画っ子〟と言うほどハマりました。とくに「角川3人娘」の原田知世さんが大好きで、ポスターを盗んだ覚えも・・・(笑)。

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―そうですか(笑)。映画好きの少年が、監督を目指したのは。

話は戻りますが、僕は小さいころからかなりの「空想家」で、頭の中で物語を作るのも好きでした。小学校時代は、夕方家に帰るとひとりで8個のぬいぐるみと一緒に遊んでたんです。「ちきしょう!」「やられたー」とか、ひとりで8役をやって(笑)。それで、中学生になってぬいぐるみ遊びに飽きて、脚本を書き始めたんです。高1のとき、8ミリカメラを持つ友達と出会って、書きためていた脚本を読んでもらい、「映画を作りたい」と相談しました。

―いよいよ映画作りを始めるわけですね。

一本目のタイトルは、「ヒルの陰謀」。「ヒル」という怪物を倒すアクションものです。友達をもうひとり誘って悪役をやってもらい、カメラマンの友達が正義の味方に。8ミリのフィルムに目打ちで1コマ1コマ傷をつけて、スぺシウム光線とかを出したりして。

―面白いですね!

コマ撮りをすれば、空も飛べるんです。撮影は、すごく楽しかったですよ。先生に頼んで、同級生に協力してもらって、授業のシーンも撮影しました。2年生になった頃に完成して、1年生の時のクラスメイトを集めてお披露目したんです。

―それは盛り上がったでしょう。

それが、アクションものなのに女子が感動して泣いちゃって。

―えぇ!なぜですか。

1年生の時のありふれた生活を懐かしんで、思い出し泣きしたんですね(笑)。僕もそうだとは思ったんですが、拍手も出るし、あまりに好評で、有頂天になっちゃった。自分の作ったものでこんな感動してくれたことが嬉しかった。それが、監督をやろうと思ったきっかけです。

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―素敵なエピソードですね。監督はその後、獅子プロダクションに入社され、佐藤寿保、瀬々敬久監督などの助監督を務めたのち、1997年にデビュー。代表作「OLの愛汁 ラブジュース」をはじめとするピンク映画のほか、ホラー、Vシネなど様々な作品を手掛けられ、仲間と立ち上げた映画製作会社「冒険王」での第一作目が「こっぱみじん」ですね。今回、純粋な恋愛ものを作りたいと思った理由は。

ここから自分の子どもの話ばかりになりますが(笑)

―どうぞ、どうぞ!

2010年9月に子どもが生まれて、12月に脚本を頼んだんです。実は僕、それまであまり幸せに満ち足りたことを感じたことがなかったんです。

―幸せに満ち足りたこと、ですか。

若いときは借金もあって、食べるものにも困るような貧乏暮らしも長かったですし、ずっと好きだった人に何度も振られて結局そのままですし、本当は日本大学映画学科の監督コースで学びたかったんですがそれも不合格。人生、あまり望み通りに進んできてないんです。唯一、映画監督になれたことだけ叶いましたけれど、それ以外のことはほとんどダメでした。そんな、何もいいことがない状態の時に子どもが生まれて、それなのに、急に人生バラ色になったんです。

―バラ色に!

なんか、子どもと母親の姿を見ているだけで、ものすごく満ち足りた気分になって、自分でも驚いたんです。なんでこんなに幸せなんだろう、と。

―はい。

もちろん、子育ては大変です。生まれて最初の頃は、僕がおむつ替えから夜泣きまでかなり面倒をみたので、その時は必死でした。けれど、母親がおっぱいを飲ませている姿を見たり、子どもの様子を見ると、もう人生バラ色に思えてしまって。言葉は悪いですけれど、子どもができただけで、こんなに人生逆転するなんて思わなかった。なので、そういう内容の映画を作りたいと思ったんです。

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(C)冒険王

―なるほど。

人生、望んだことは大体うまくいきません。挫折や失敗を繰り返して、けれども、それでも幸せになれる道は必ずあるから。という映画を作りたかったんです。そんなことを、子どもを見ながらずっと考えてました。

―はい。

それで、映画の題材を考えた時に、誰でも経験することは何だろうと思って、やっぱり、「好きな人が自分を好きになってくれない」とか、別れとか、そういう内容であれば普遍的な話になるのではないかと思ったんです。「恋がうまくいかない、だけど幸せ」という感じが残るストーリーを書いてくれ、と脚本家の西田直子さんに言いました。

(つづく)

山田勇男監督インタビュー

先日ミュージアムにお越しいただいた山田勇男監督。

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インタビュー記事を、シアターキノHPにアップ致しました。(記事はコチラ

北海道でロケされた「アンモナイトのささやきを聞いた」についても

少しお話いただいています。

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(C)ユーロスペース

ミュージアムとのコラボ連載企画「応援!北の映像作家たち」です。

どうぞご拝読ください!

山田勇男監督がご来館!

2日の午後、長沼町出身の

山田勇男監督がご来館くださいました!

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手にするのは愛用の8ミリカメラです。

最新作「シュトルム・ウント・ドランクッ」が1日、

シアターキノでプレミア上映され、

10月にもレイト上映される山田監督。

インタビューのため、ご来館をお願いしたところ、

この日の当番スタッフが大喜び!

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ボランティアでお手伝いしてくれている、

北海学園大3年の井上祐美さん。

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実は彼女、前日の上映会に参加したそう。

「お会いできて光栄です!」と映画の感想や質問が飛び出し、

監督とのトークも盛り上がりました。

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終了後のサインも、とてもステキで感激。

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さすが、寺山修司さんの映画で美術を担当し、

独特の世界観を持つ山田監督!

(雑誌「映画秘宝」のタイトルロゴも、監督作なのです!)

気になるそのサインは、館内で直接ご覧ください。

ちなみに、こんな方々との記念写真もパシャリ。

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インタビューの詳細は後日ご紹介!

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どうぞお楽しみに。

「私の男」の熊切監督、札幌で凱旋会見!

先日、モスクワ国際映画祭で最優秀作品賞に

選ばれた紋別ロケ「私の男」。

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(C)2014「私の男」製作委員会

帯広出身の熊切和嘉監督が12日(土)、

シアターキノで記者会見を行いました!

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受賞後、初の北海道凱旋だけあって、

取材陣が多く集まり、熱気に満ちた会見の模様をご紹介します。

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シアターキノ・中島代表/私は、この作品を北海道の紋別で撮ると聞いた時から期待していたんですけれど、完成した映画を観た時に、紋別のシーンは北海道出身の熊切さんだから撮れた、熊切さん以外の人には撮れない映像だと感じました。今年は良作の北海道ロケ映画がたくさん公開されていますが、ついに本命がきた!という感じで、僕らも非常に嬉しいです。

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熊切監督/受賞の知らせを聞いた時は、台北映画祭に行ってまして、授賞式には出られなかったんです。受賞後、たくさんの方からメールをいただきました。普段は家で一人さびしく酒を飲んでいるのですが、自分にはこんなに祝ってくれる人がいるんだ、と思いました(笑)

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記者/受賞して2週間、今の率直な心境は?

熊切監督/今日初めてトロフィーを見たので、本当に獲ったんだなという気持ちです。受賞後も色々と仕事で忙しくしていたので、改めて実感が沸いています。こうして北海道で祝っていただいて嬉しいです。

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記者/いろんな方から連絡をいただいたということですが、特に北海道のご家族やご友人からの反応は?

熊切監督/僕が「映画を撮ってみたい」と初めて言い出したときの、中学校の同級生から『ついにきたな!』とメールをくれて、それが一番嬉しかったです。

記者/なぜ、北海道が舞台の原作を映画化しようと?監督が北海道ご出身は影響していますか?

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熊切監督/原作に惹かれたのは、まず第一に父と娘の関係に非常に興味を持ったから。文学で描かれたこういうことが、最近の日本映画では描かれません。そういうことに挑戦したかったんです。次に、奥尻の地震や拓銀破綻など、90年代以降の北海道が背景に描かれていて、そこに興味がありました。当時、僕は大阪の大学にいて、北海道を離れていたので、逆に興味があったんです。

記者/紋別のシーンは、北海道の人間には馴染み深い風景ですが、そこで描かれる内容はある意味人間の本質というか、性(さが)を突き抜けていて、その対比が面白いなと思いました。モスクワの映画祭では、審査員にどういう点が評価されたのでしょうか?

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(C)2014「私の男」製作委員会

熊切監督/公式上映の前の取材では『今回、映画祭の中で最も挑発的な映画だと思う。それが吉と出るか凶と出るか』と質問されて、答えられませんでした(笑)。上映中、実は過激なシーンで10人ほどが席を立たれたので、「これは凶かな」と思いましたけれど、上映後は『今まで観た日本映画の中で一番生々しいものを見せてもらった』と声を掛けてくださる方もいて、非常に良い反応がありました。日本でも賛否両論ですが、向こうでも同じような反応でした。

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記者/現地での反応をもう少し教えて下さい。

熊切監督/日本でもモラルの部分で言われることはありますが、特にロシアは信心深い方が多いようで、「監督はどういう宗教教育を受けて育ったのか」などと家庭環境を問われて、僕はむっとしたんですが(笑)、「親は学歴はないけれど愛のある家庭で育ちました」などと事細かに答えたのは覚えています。

記者/撮影で大変だったことは?

熊切監督/重要な流氷が年々減っていると聞いて心配でしたが、ロケハンの時にちょうど水平線の向こうに白く見えて、そういう意味では恵まれた撮影でした。現場で大変だったことを言い出したらきりがないのですが、一番は、その流氷に雪が積もると、ただの雪原に見えてしまう。せっかく流氷の上で撮影しているのですから、何とか〝氷感〟を出したくて、ワンカット撮るごとにスタッフみんなで氷の上を掃いたり、氷と氷の隙間をザルですくったりして、全然現場が進まない(苦笑)。それが肉体的に大変でした。その中で、特に二階堂ふみさんはセミドライスーツを着ていたとはいえ、海の中に入ったのが大変だったと思います。

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(C)2014「私の男」製作委員会

 

記者/それは監督のご指示ですか?

熊切監督/そうですね。とは言いつつ、僕も「どうしてもできません!」と言われたら何か考えようと思っていましたが、撮影日の朝、二階堂さんが「私は今回、流氷の海で死ぬ気で来ました!」と気合十分だったのでやってもらいました(笑)。

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記者/これから映画を観る方にメッセージをお願いします。

熊切監督/一見センセーショナルな題材ではありますが、色眼鏡なしで向き合ってくれたら、きっと見えてくるものがあると信じて撮りました。

記者/今後も北海道を舞台にした映画を撮りたいという思いは?

熊切監督/ありますね。本当に、ずっと北海道で撮りたいんですよ。北海道を舞台にした映画ってたくさんありますけど、まだ描かれていないものはいっぱいある気がします。うまく言えませんが、ローカルを突き詰めて行けば、逆に新しいものが生み出せる気がします。

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さて、いかがだったでしょうか?

「北海道でまだまだ映画を撮りたい」という

熊切監督の言葉を、とても嬉しく、力強く感じました。

ということで、映画「私の男」はシアターキノで公開中!

お見逃しなく。(アラタメ)

※キノの公式サイトはコチラ
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坪川拓史監督来館

今月21日からシアターキノで公開される

「ハーメルン」の坪川監督が来館、

チラシを持参していただきました。

以前からミュージアムを見学したかったとのことで、

「ハーメルン」でも登場する

富士セントラルの映写機の前で一枚。

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幼少期を室蘭の輪西で過ごした坪川監督は、

毎日眼下の新日鐵を双眼鏡で眺めて過ごしていたそうです。

これが後に、室蘭を舞台にした

映画「モルエラニの霧の中」に至り、

先月から撮影が始まったのでした。

足掛け三年を予定する長い撮影です。

室蘭の街を脚を使って見て歩いた監督なら、

あの場所もあの場所もきっとロケされるだろうと期待できます。

今日は奥深い室蘭の話と、

隠れた名店「ラ○プ○」の話で非常に盛り上がりました。

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一作ごとに地域に寄り添い、

風景を大切に撮り上げる坪川監督の姿勢は、

それゆえ撮影期間が長くなりがちとの事です。

この度の福島ロケ作品「ハーメルン」も、

季節ごとの風景を追い、異常気象やあの震災など、

何度も撮影中断を経て完成したのでした。

劇場公開をお楽しみに。(M)

函館ロケ「そこのみにて光輝く」監督インタビュー④

あさって函館先行公開される函館ロケ「そこのみにて光輝く」。

ミュージアムの武島靖子理事(以下、T)による

呉美保監督&菅原和博プロデューサーインタビューも

今回がラスト。どうぞお楽しみください!

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【ネタばれ注意】インタビューでは映画の内容に触れています。

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「千夏を立たせたい」。即決した函館のロケ地

T/この映画では、とってつけたような北海道弁ではなく、リアルな函館弁が出てきます。函館の方は嬉しいのではないでしょうか。

菅原/おっしゃる通りです。

T/その描き方は意識されました?

監督/方言指導の方に、「特別な函館弁ではなく、あくまで自然な函館弁を」と言い続けました。私は三重県出身で関西弁ですが、大阪が舞台の作品で役者さんが慣れない関西弁を話すのを見るとストーリーに集中できなくなる。それが嫌なので、これまでも方言にはこだわってきました。

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菅原/俳優さんたちも、方言指導の方に何度も確認されていました。特に綾野君は、函館に友達を作って夜遅くまで一緒にいて、常に函館弁に浸って役作りに励んだようです。

T/監督さんは初めての函館、いかがでしたか?

監督/ものすごく好きになりました。町を好きになる理由って、場所の美しさや居心地の良さ、美味しい食べ物などいろいろありますけれど、結局は「人」。そこに住んでいる「人」に出会えたことが大きいと思います。

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T/函館市民に出会ったから、函館を好きになったと。

監督/はい。この映画は(佐藤泰志の小説を映画化した)前作『海炭市叙景』と同じく、函館市民の皆さんの協力で作られています。なので、映画作りの過程で市民の方々と触れ合う時間がたくさんありました。普通に地方で撮影するのとはわけが違うので、だからこそ、情がわくというか、町を好きになりました。

T/市民の協力とは、製作費の面でしょうか。

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菅原/総製作費5000万のうち、滞在費や食費など約1割を募金で賄いました。市民の方々には金銭面のほかにも、東京の撮影スタッフが働く現場をさまざまな面から支えてもらいました。

T/最後に、特に思い入れのあるロケ地をお教えください。

菅原/千夏の家のロケ地ですね。函館に住む人間が原作を読むとイメージは函館市の大森浜なんですが、ロケしたのは北斗市の七重浜。でもあの風景も、物語にピッタリでした。

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監督/私は(千夏が海を眺めるシーンなどを撮影した)穴澗海岸ですね。あの、人生の行き止まり感を感じさせるどんづまりの雰囲気と、対照的な美しい夕陽を見て、「ここに千夏を立たせよう」と一発で決めました。

T/ありがとうございました。映画の成功を応援しています!

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「そこのみにて光輝く」 呉美保監督

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(C)2014佐藤泰志/「そこのみにて光輝く」製作委員会

4月12日(土)から函館シネマアイリスで先行ロードショー!
4月19日(土)から札幌シアターキノほか全国ロードショー!
公式サイトはコチラ

函館ロケ「そこのみにて光輝く」監督インタビュー③

ミュージアムの武島靖子理事(以下、T)による

函館ロケ「そこのみにて光輝く」の呉美保監督&

菅原和博プロデューサーインタビューの3回目です。

【ネタばれ注意】インタビューでは映画の内容に触れています。

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愛情と執着の境界線で

T/映画で描かれる「家族」について伺います。登場人物は「あんな家族がいたらうざったいな」と思う状況に置かれていますが、どこか家族愛を感じました。

監督/「家族」って、すごく煩わしいものだと私は思うんです。映画では特に千夏の場合、「あんな場所飛び出しちゃえばいいのに…」と思う人もいるかもしれません。でも世の中には、どうしようもない親をどうしても見放せない…というような方もいらっしゃるはず。それは愛情なのか、もしかしたら執着なのかもしれませんが、その紙一重の部分で人は生きていると思うんです。ですからそういう人物を描くことで、観客の皆さんにもそういう気持ちに思いを馳せてほしいと思います。

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T/私は映画で、愛の根源に触れたような気持ちになりました。だって達夫は、あの状況で千夏を愛していくわけでしょう。今の若者の愛を描きながら、社会的状況を忘れていないことが、幅広い世代の心を動かす作品になった要因かと思います。

監督/映画の後半にはそれぞれの家族の思いが入り混じります。最後にはとうとう千夏も罪を犯しかけ、それを達夫が救うわけですが、外に出たその瞬間、二人に一筋の光が射すんです。

T/映画を観る若者には、こんなラブストーリーもあるんだと感じてほしい。

監督/綾野さんファンはもちろん(笑)、その上の世代の方々にもぜひ見てほしい。きっと、普遍的な内容だと感じていただけるはずです。

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菅原/(千夏の弟)「拓児」役の菅田将暉さんもいい役者さんですよね!

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T/彼の存在はあの映画の救いと言えますね。

監督/拓児は何をしでかすかわからない、本当にヒヤヒヤする男。でも、実は繊細な男であることがわかります。きっとそれは、達夫に出会って引き出されたのでしょうけれど。菅田さんはまだ21歳!すえおそろしい役者さんです。

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「そこのみにて光輝く」 呉美保監督

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(C)2014佐藤泰志/「そこのみにて光輝く」製作委員会

4月12日(土)から函館シネマアイリスで先行ロードショー!
4月19日(土)から札幌シアターキノほか全国ロードショー!
公式サイトはコチラ

函館ロケ「そこのみにて光輝く」監督インタビュー②

公開が迫る函館ロケ「そこのみにて光輝く」。

ミュージアムの武島靖子理事(以下、T)による

呉美保監督&菅原和博プロデューサーインタビューの2回目をどうぞ!

【ネタばれ注意】インタビューでは映画の内容に触れています。

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映画に一筋の光が射すとき

T/監督はこの映画で、どんなラブストーリーを描きたかったんでしょうか?

監督/この企画をいただいた時、最初は驚きました。というのも、「家族」を描いてきた今までの作品(「酒井家のしあわせ」「オカンの嫁入り」)とは異なる作風でしたから。でも原作をよく読むと、これは立派なラブストーリーで、しかもよくありがちな男と女の小さな世界ではなく、それぞれの「家族」や「背景」が入っている物語。この作品なら、単純なラブストーリーより一歩深いものができるのではないかと感じました。

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T/確かに、ただ男と女がセックスを楽しむような内容なら私はついていけなかったと思います。

監督/気持ちが見えるラブシーンじゃないと、私も嫌なんです。

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T/自然体の綾野さんがステキでしたし、二人が惹かれあっていく様に共感しました。その表現には気を遣われたんでしょうね。

監督/そうですね、二人の気持ちが動く様はきっちり見せたかった。たとえば二人が初めて出会ったとき、千夏が達夫を追いかけて砂浜を歩きます。再会した砂浜のシーンでも同じように千夏が達夫を追いかけ、海の中で、まるで交通事故のようにキスをして、気持ちが結び合います。ところが大きな事件が起き、ラストシーンを迎えるわけですが、そこで初めて、達夫が千夏を追いかけるんです。二人の関係の変化を細かく表現するため、カメラワークを含めてスタッフと話し合いました。

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T/カメラワークも綺麗ですね。

菅原プロデューサー(以下、菅原)/素晴らしいですよね。『海炭市叙景』と同じカメラマン(近藤龍人さん)ですが、前作とは全く違う撮り方です。夏の物語だからか、色がカラフルなんです。

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T/パンフレットに掲載された評論家・川本三郎さんの文章に、「これほど輝きから遠い青春映画も珍しい」とありました。

菅原/確かにピカピカの輝きではない。

監督/本当に一筋の光な気がします。

T/まさにタイトル通り、「そこのみにて光輝く」ですね。

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「そこのみにて光輝く」 呉美保監督

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(C)2014佐藤泰志/「そこのみにて光輝く」製作委員会

4月12日(土)から函館シネマアイリスで先行ロードショー!
4月19日(土)から札幌シアターキノほか全国ロードショー!
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函館ロケ「そこのみにて光輝く」監督インタビュー①

いよいよ12日(土)に函館先行公開、

19日に全国ロードショーされる函館ロケ「そこのみにて光輝く」。

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(C)2014佐藤泰志/「そこのみにて光輝く」製作委員会

公開に先駆け、ミュージアムの武島靖子理事が

呉美保監督(写真下中央)&菅原和博プロデューサーにインタビュー!

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その内容を4回にわたってご紹介します。

映画で描かれる“愛”の形から、ロケ地・函館の話題まで、

盛りだくさんのインタビューをお楽しみください。

【ネタばれ注意】インタビューでは映画の内容に触れています。

* * *

主演・綾野さんの魅力とは

武島(以下、T)/実は鑑賞前にパンフレットを読ませていただいた時、ジェネレーションギャップを感じるのでは…と不安に思ったんです。ところが映画の冒頭、(主演の)綾野剛さんが登場した途端、何の抵抗もなく映画の世界に入っていけました。今までの綾野さんとはまるで印象の違う役どころで、スーッと引き込まれました。

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監督/良かったです。この映画は基本的に(綾野さん演じる主人公)「達夫」の目線で進みますから、朴訥として不器用で、人間的な魅力のある男でないと、この物語は引っ張れない、と思いました。

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T/全編から達夫の優しさが伝わってきました。

監督/綾野さんには元来、女性の母性本能をくすぐる面と、「守られたい」と思わせる面、どちらもあると思っていて、それをグッと引き出したかった。達夫は(池脇千鶴さん演じるヒロイン)「千夏」を守るけれど、千夏からすると、達夫を包み込むような母性を感じています。

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T/当初から主人公には綾野さんを?

監督/そうですね、綾野さんなくしては成立しませんでした。実は彼とは5年ほど前、別のオーディションでお会いしていました。その時はご縁がありませんでしたが、強烈に彼の存在感は覚えていて、ずっと出演作を追いかけていたんです。ただ、今回は「函館が地元の男」という設定なので、もう少し土臭いゴツゴツした人でもおかしくなかったんですけれども…映画としては達夫に艶っぽさが欲しくて、綾野さんにお願いしました。

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T/役作りについてお話されました?

監督/話し合いましたし、最初はお互いリクエストし合っていました。でも綾野さんはロケ期間中、函館に住むような環境で、徐々に達夫を自分のモノにしていかれて、撮影後半になると彼の演技に「達夫ってこういう人なんだ」と逆に教えられることも。それは幸せな感覚でした。

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「そこのみにて光輝く」 呉美保監督
4月12日(土)から函館シネマアイリスで先行ロードショー!
4月19日(土)から札幌シアターキノほか全国ロードショー!
公式サイトはコチラ

頑張れ!岩内の映画館

先週土曜(2月1日)、積丹半島の付け根の町、岩内に行ってきました。朝日新聞夕刊に連載中の「映画館グラフィティー」の取材のためです。昭和50年代のはじめまで町内に4軒あった映画館がいまはたった1軒だけ。しかもその1軒「ニューシネマ」も数年まえに通常営業をやめており、開店休業の状態。

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いまは開店休業中の「ニューシネマ」(岩内後志管内岩内町万代12-7)

館主の藤塚薫さん(79)を「ニューシネマ」に訪ね、お話を聞くことができました。はじめは「営業用の大容量電源も外して、劇場も壊すばかりだ」としんみり語っていた藤塚さんも、「地獄の黙示録」(1979年)や「南極物語」(1983年)で連日大入りだった「黄金の日々」を回想するうち、熱が帯び、「そりゃ、いまでもやりたいよ、続けたいよ」と本音が出てきました。

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「ニューシネマ」の客席。9列×9席=81席のフロアはいまもきれいに掃除が行き届いている

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映写室を案内してくれた館主の藤塚さん。映写機のスイッチを入れるとカラのリールが勢いよく回った

営業続行を完全に諦めていない証拠に、映写室の2台のキセノンランプ式のスイッチを入れて、フィルムのかからぬリリールを回してみせてくれました。

客席や待合室もみせていただきました。綺麗に掃除が行き届き、朝一番の上映を待つ映画館そのものでした。

建物の外は、さすがに上映中や次回上映の作品を告げる表示はなく、「休館中」の寂しい風情は隠せません。

江戸時代末期、安政5年(1858年)に誕生した二葉座を筆頭に萬生座、遊楽館、東栄劇場が勢ぞろいした昭和の時代、どの館もいつも上々の入りだったといいます。

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岩内の劇場の嚆矢、二葉座は安政5年(1858年)創業。お芝居、演芸、舞踊、民謡が演じられ、映画時代へと入っていった。回り舞台もあるから驚き。北海道の漁業の中心地岩内の往時を偲ばる

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二葉座の外観=明治期のものか(上の館内と合わせ、2葉とも岩内町郷土館提供)

 

「岩内(の劇場)に不入りなし」という言い伝えがあるあることを岩内町郷土館館長の坂井弘治さん(75)から聞きました。

岩内は江戸期から鰊(にしん)場として栄え、人口は早い段階に2万人に達していました。明治期には北海道で5番目の人口を持っていました。ニシンが去った後はスケソ漁に移行。水産加工業も活況を極めました。岩内の住民たちは映画が大好き、演芸、舞踊、民謡などの芸事が大好きの土地がらでもあります。

しかし、道内の漁業、水産の町のご多分に漏れず、昭和50年代の200カイリ漁業規制の大打撃を受けて町の経済は縮小、さらに、テレビの普及で、映画館は娯楽の王座から転落し、次々と閉館していきました。

4館時代の最後の砦、東栄劇場が閉館して、岩内に映画館が消滅した直後の昭和54年、東栄の映写技師だった藤塚さんが東栄に近い土地を借りて「ニューシネマ」を建設、54年8月にオープンさせた。

「まだまだ映画館はやれる」と思ったのだろう。事実、昭和期はヒット作に恵まれれば、経営が成り立っていたという。

テレビ時代に追い打ちをかけたのはレンタルビデオの普及と値下げ。「レンタルビデオ1本1000円の時代はまだよかった。それがどんどん下がって、DVD時代に入るともう、映画館に客は来なくなってしまった」と藤塚さんは肩を落とす。

「この映画館も、もう壊すしかないだろうなあ」と寂しそう。

わたし、往時とかわらぬたたずまいの映写室や客席をみせてもらいながら、「なんとか、藤塚さんの気力が続く間に、もう一度、映画ファンで賑わうニューシネマをみせてあげたい」と思ってしまいました。(この項、文責・喜多義憲)