稚内でも撮影され、11月3日に公開される
吉永小百合さん主演の最新作「北のカナリアたち」。

(C)2012「北のカナリアたち」製作委員会
公開記念に初めて行われた
「わっかない映画祭」(10月6~8日)。
レポート最終回は、
「北のカナリアたち」阪本順治監督と
映画評論家・品田雄吉さんの対談です!

テーマは、「映画『北のカナリアたち』と
ロケ地『北宗谷・小百合さん』を語る」。
非常に興味深い、
濃い内容だったので、2回に分けました。
お二人が語る、小百合さん&ロケ地の魅力。
たっぷりお楽しみください。
(以下、敬称略)
* * *
品田/阪本監督は「どついたるねん」という映画でデビューされて、わりとハードな作品を作る方。とりわけ初期のころはそうだったと思いますけれど、途中から何でもやる監督になりまして、「魂萌え!」なんて映画もありましたね。

阪本/はい。
品田/あれなんか非常に良かったと思うのですけれど、今度は「北のカナリアたち」。これが、一番手間も時間もかかったのではと思いますが、いかがですか。
阪本/準備期間、撮影日数、すべての行程が経験したことのないスケールでした。「亡国のイージス」という映画もありましたけれど、あれよりひと月ほど長いロケだったので、僕にとっては初めてのことがたくさんありました。

品田/しかも、これやっぱり女性が中心の映画ですよね。違いますか?
阪本/吉永さんを主演にしていますから・・・。
品田/それから、スタッフ・キャストをみると原案が女性、とか。音楽が女性とかね。
阪本/脚本もそうですね。
品田/そう考えると、女性の力、想いが強く出ている作品で、それを阪本監督が非常にうまくまとめられているのではないかと思うのですけれど・・・こう言ってしまうと、返事のしようがないですかね(笑)。

阪本/(笑)。でも、原案の湊(かなえ)さん、脚本の那須(真知子)さん、音楽の川井(郁子)さん、主演の吉永さんを含めて、皆さん勇ましいです。
品田/へぇ!そうですか。
阪本/はい、あの変な言い方ですけれど、男前な女性陣ですね。
品田/それは面白い見方ですね。すると、そうした女性たちを前に、監督もやりがいがあったのでは?
阪本/そうですね。振り返ると、(撮影の)木村(大作)さんと僕が少数派のような気もします。
品田/でも、阪本監督も木村さんも強い方ですし、頑張って対抗したんですよね(笑)。
阪本/大作さんは、誰が相手でも変わらないと思うんですけれど(笑)。僕は、企画を読んだ時は気付かなかったですけど、現場で吉永さんが、あまり言葉を尽くさない「・・・」の中に、そういう女性の方々の世界観が込められているのかなと思ったりしました。
品田/私は、これは女性映画だなと思って観ました。それともうひとつ、女性映画というとあたりが柔らかい感じがしますけれど、舞台になっている「北宗谷」という土地柄が、非常に美しく、自然が厳しい。そういうところが、女性映画との組み合わせとして面白く観ました。

(C)2012「北のカナリアたち」製作委員会
阪本/大作さんがいつもおっしゃる「厳しさの中にこそ美しさがある」「そこに佇める女優さんはそういない」という言葉を思い出します。僕たちも、自然に拮抗することはできませんけれど、自然を相手にある種闘わないと映画は撮れませんでした。それが美しさを呼んだということなんだと思います。
品田/撮影は長期間にわたったと思いますが、「北宗谷」の風土感はいかがでしたか。
阪本/雪が降る場所でのロケだと、山形県の庄内地方でも雪のシーンを撮ったことがあるんです。だから、似たような格闘はありましたけれど、今回は海端のロケが多かったこともあって・・・。
品田/こちらは、雪が横に降るような?
阪本/横もありましたし、下からもありました。氷柱が横にできているのを見て、僕たちはびっくり。同じ雪国に暮らすと言っても、北陸地方とは全く違うな、と感じました。その中に人々の営みがあって、たぶん気質も違うんだろうな、とも。みなさん優しくて協力的ではあるんですけれど、何か、「風に吹かれないようにする」という「芯」みたいなものは、他の雪国と違うのかなと思いました。

品田/なるほど。北宗谷は、利尻、礼文、サロベツでもお撮りに?
阪本/はい、豊富町で。
品田/私はこの辺の遠別で生まれ育っているので、映画を観て、なんだか懐かしかったんです。だから、ほかの方の感想とはちょっと違うかもしれません。「俺が生まれたところとすごく似ている」と、そこで感情移入しちゃった感じもあったんです。でも、撮影は大変だったんじゃないでしょうか。
阪本/覚悟はしてきたんです。みんな防寒着に金をかけて(笑)。僕は、初めて「目だし帽」を被りました。
品田/犯罪者が被るような(笑)。
阪本/ええ。それにゴーグルも。で、みんながその恰好なので、誰が誰か分からなくなりました(笑)。地元のお母さんはヤッケ一枚で、「今日は風がなくてよかったね」なんて言うんですけれど(笑)。でも、「いいもの撮れてるな」という実感はありましたね。
品田/そうですか。

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阪本/吹雪が通り過ぎるのを、あるいは、吹雪が向こうから来るのを待ちながら、「これはどこの地方に行っても撮れないものを撮って帰れるな」と。当然、そこに俳優さんがいて、ということですけれど。俳優さんも、暖かい環境でセリフを言うのと、凍えるような中でセリフを言うのでは、絶対にリズムが違う。なにか、予期せぬ生理が出てきたんだと思います。なかなか映画では、「暑さ・寒さ」って表現できないんですけれど、俳優さんには確実に影響を与えていました。
品田/おっしゃる通り、一種の「生きていくことの強さ」みたいなものが、演技で表現されていたような気がしました。そういう点で、まぎれもない北海道の、しかも、北の方を舞台にした映画なんだな、ということが実感できて、その辺出身の者としては大変嬉しかったんです。撮影時間はどれくらいかかったんですか?

阪本/実数はともかく、冬は2か月。フェリーの移動があり、欠航する可能性もあるので、撮影の3日位前には入って1~2日は準備に回しました。それと、夏は7月ひと月、ロケしました。
品田/夏の風景も良かったですね。
阪本/かなり絶景の場所を選びましたから。

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品田/私は、この辺出身のくせに、実は利尻・礼文に行ったことがないんです。だから、この映画を観ることで行かせてもらえた気がして、非常にありがたかった。それにしても、礼文島から見える利尻富士、すごくきれいですね。それがすごい発見でした。

私はサロベツより少し南で生まれたので、天気のいい日に浜へ出ると、斜め右の方に利尻富士がきれいに見えるんです。ただ、礼文は見えない、陰になるんです。それでも、利尻富士が美しいことは子供心に感じました。そういうところで育まれた感性みたいなものと、この映画の風景が一致して、「あ、これは俺のふるさとだ」という個人的な感想を持ちました。そういう意味でも、これを企画した東映に感謝すべきか、作った阪本監督に感謝すべきか分かりませんが(笑)、非常に嬉しい気持ちがあります。あ、質問しなければいけないんですね、阪本さんに。
阪本/いえいえ、別にいいです(笑)。

品田/わりと阪本監督は男っぽい作品を作ってきたような傾向がありますけれど、フィルモグラフィーだと、私は「魂萌え!」が好きなんです。この作品は、女性が重要な役割を果たしています。半端な女性ではない、強い女が出てきます。それが「阪本流」だと面白く観ました。なんというか、弱虫は出てこないですよね、阪本さんの映画には。
阪本/以前、「どついたるねん」で相楽晴子さんにやってもらった役とかは、女性から観ると「男のしもべみたいで許せない」みたいな見方がありましたけれど。ただ、今回の吉永さんの役も、「魂萌え!」のときもそうですけれど、映画作りにおいて、男優さんは幾つになっても役割があるじゃないですか。一人の人間であるという役割が。でも、女優さんはある年齢を超えると、誰かのお母さんとか、誰かの妻とか、そういう役割になってしまって、ちょっと存在のエリアが狭いんです。

「魂萌え!」は、妻でも母でもあるんですけれど、一人の人として何かを考え、行動に移す、という役でした。今回の(吉永さん演じる)はる先生も、子供はいない設定ですけれど、誰かの妻、誰かの娘、に加えて、一人の人として、発見があったり、行動に走ってしまったり、という役どころ。そういうところまでないと、僕はなかなかやる気がしないんですね。家族が家族のまま、母が母のまま、妻は妻のまま、というのはどうも。
品田/ひとつの人格を主張しないといけないわけですね。
阪本/僕は男の映画が多いですけれど、主役が男優さんの場合、「あこがれ」として見るんです。「こんな傍若無人でも愛されればいいな」とか。ま、赤井英和さんですけどね。でも、女優さんの方は「もし俺だったら・・・」と置き換えられるんです。なぜかわからないですけれど。今回のはる先生にしても、僕と何の重なり合いもありませんけれど、「もし俺がはるだったら」とアプローチできるんですね。それが正しいかどうかは別にして。

品田/それは面白いですね。うん、でもそれでいいんじゃないですかね。つまり、それは人格を主張しているということだと思うので、女か男かは関係ない。たまたまそれが女性だったということではないかなと思いますけれど。吉永小百合さんはどうでしたか。
阪本/「清楚で品があって、少女のようなところもある」というイメージ通りだったのに加えて、「勇ましい」というか、男前的な面を感じました。一本の映画に立ち向かうときの、あの方の強固な意志というか。それは、吹雪の中でも決して座らず、ずっと立っている姿もそうでしたし、一つ一つのシーンについてちょっとした迷いがあれば、必ず僕に「こうしたい」「これでいいのだろうか」と相談する姿もそうでした。何も諦めず、何かのノリで話すのではなく、「ちゃんと自分の中で決めておきたい」という彼女の姿勢には、座長の意識を感じました。

(C)2012「北のカナリアたち」製作委員会
品田/なるほど、座長ね。やっぱり、一本の映画を背負っているんですね、あの人はね。一見よわよわしそうな感じがしますけれど、強靭な方なんですね。
阪本/それは、もちろん長い俳優人生の中で培ったというのもあるでしょうけれど、「キューポラのある街」とかを見直すと、「もうこの時からあるな」とも思います。チンピラの中に飛び込んでいく姿、弟を励ましたりする芯の強そうな眼差しって、演技なんでしょうけど、十幾つの時からあったんだな、と。
品田/子どもの時から変わっていないということですね。私より若い世代だと、「サユリスト」「コマキスト」とかいう好みもありましたけど、私はそれに与せず、両方いい派(笑)。吉永小百合さんは一見、「まぶしそう・ひよわそう」みたいな感じがあるけれど、実は非常に強い女、強い人間なんだと思っていました。それが、女優としての年輪をどんどん積み重ねて今日に至り、今度の映画を観ても、やっぱりそう痛感しました。

若いころ、吉永さんのお父様と一席ご一緒させてもらったこともあり、私は吉永さんに特別な想いを持ってずっと見てきました。ときどきコメントを求められると、ちょっと厳しいことも言ったりして・・・。たとえば、「吉永小百合はいつまでも吉永小百合を演じちゃいけない」とか。そのせいか東映の社長は「品田は吉永小百合を一度も褒めてないんじゃないか」なんて言ってますけれど(笑)、そんなことはないんです。密かな味方なんです。でも本当に頑張ってますね、あの女優さんは。えらいと思います。
(つづく)