李相日監督の新作は北海道ロケ(の予定)!

今日は冷たい雨が降り、晩秋の札幌です。

さて、「悪人」「フラガール」などで知られる

李相日(リ・サンイル)監督の魅力を探る 「李相日映画祭」が、

昨日から シアターキノで開幕しました!

初日の昨日は、李監督ご本人が登場!

「青~chong~」の上映後、

北大大学院准教授の中島岳志さんと対談されました。

その中で、とってもうれしいニュースが!

なんと、最新作のロケ予定地は北海道だというのです!!

さっそく、対談の一部抜粋をご報告します。

(質問は中島さんです)

ーーこれからについて伺えますか?
はい。次は…北海道で撮りますよ!(おぉ~と、どよめく観客)
でも、ポシャったらすみません(笑)
実は、「悪人」の前に北海道で撮りたい題材があって、その時は成就しなかったんですけど、 今度は別の形で北海道でやろうと思っています。
今回、シアターキノさんに呼んでもらったのをいい機会に、ロケハンをして帰るつもりです。 北海道を舞台に、「正義」みたいなものがテーマになると思います。 時代は120~130年前になる予定です。

ーーというと、開拓の頃が舞台に?
そうですね。その頃って、北海道の価値観があやふやだったと思うんです。
何に価値を見出して生きていくのかが難しい時代だったと。 そういう時代を借りながら、「正義」について見つめるような内容になる予定です。

ーー北海道の風景について、いかがですか?
できることなら、130年前に見たかったなと思います(笑)。 今、その時代の風景を探しているんですが、知床くらいしかないんですよね。 逆に言えば、1世紀くらいで、人間がこれだけ何かをつくるのか、壊すのか、土地の姿を一変させることのすさまじさを感じます。

ーー「悪人」での佐賀の撮り方を見ると、李さんは地方の風景に独特のアングルを向けているように思いますが。
僕も出身は新潟県なんです。子どもの頃に横浜に移ったので、横浜暮らしが続いたのですが、 親戚は新潟にいたのでよく行きました。 だから、「地方」というふうに分けて考えてはいなかったですね。 知らない土地に対する違和感はありますが、 その土地土地に愛着を持っている人がいるし、そういう、愛着を感じた生き方が自分にはできなかったので、その感覚は気になります。

ーーでは、最後に意気込みをどうぞ。
早く撮りたい!ですね。もう「悪人」から2、3年経っているので。 どなたか、知床の自然遺産で撮らせてくれる権限を持つ人がいたら紹介してください(笑)。 1本1本、迷いながら、ただ、ちゃんと向き合う映画を、と思って作っています。 次も温かい目で見てほしいです。(大きな拍手!)

以上です。 ユーモアを交えつつ、

穏やかに、真摯にお話される様子から、

強い信念を持って映画作りに取り組まれているのが伝わりました。

ぜひ、そんな李監督に 北海道ロケを実現させてほしいと思います!

11月23日(水)は札幌で全国中学生映画祭!

今日は小雨が降ったり、晴れたり、曇ったりと忙しい札幌です。

さて、札幌の中学生たちが、

映画作りに挑戦していることをご存知ですか?

その成果を発表する映画祭が、

11月23日(水)、札幌で開かれます。

その名も「全国中学生映画祭」

「全国」とある通り、

東京、川崎、つくば、埼玉に住む 中学生の作った映画も含めて、

計5作品を上映するイベント。

札幌の作品は「命の樹」(29分)

北海道コミュニティシネマ・札幌による

「子ども映画制作ワークショップ」の一環で制作されました。

作品の舞台は、札幌市西区発寒。

主人公の女の子の前に、タイムスリップした

自分の先祖である屯田兵一家の女の子が現れ、交流するうちに、

街の歴史や命のつながりに気づく…というストーリー。

キャストはもちろん、 演出、美術、音楽などスタッフも

中学生が担当したという力作です。

映画祭は 11月23日(水)14:00~開映(16:30終了予定)。

会場は、札幌の「はっさむ地区センター」3Fホール (西区発寒10条4丁目1-1)

ちなみに、当日どうしても行けないという方は

ミュージアムで鑑賞できますのでどうぞ。

地元の若い才能を応援するためにも、

ぜひ、足をお運びください!

11月19、20日は「オホーツク網走フィルムフェスティバル」!

今日は路面の雪も少し溶け、穏やかな札幌です。

さて、明日19日からは

「オホーツク網走フィルムフェスティバル」が開催されます!

このイベントは今年で4回目。

「網走番外地 荒野の対決」(66年、石井輝男監督)をはじめ、

網走・遠軽ロケ「大地の詩 留岡幸助物語」(2011年、山田火砂子監督)

など6作品を上映するほか、

映画監督やプロデューサーによる対談、

映画教室、ロケ地めぐりツアーなどを予定

映画好きにはたまらない盛りだくさんの内容です。

この映画祭の目的は、 人がまちに愛着を持つことで

“風光明媚なオホーツク”と“映画の街-網走”のブランドを確立し、

地域の活性化につなげる-というもの。

ホームページからは、オリジナルの 網走ロケ地マップを見ることができます↓

http://abashiri-filmfes.com/

ちなみに、網走の映画といえばもちろん 高倉健さん主演の「網走番外地」ですが、

同じ網走の刑務所を舞台にした 「刑務所の中」

(2002年、崔洋一監督)もおススメ。

きっと、醤油かけご飯を食べたくなるはず(笑)

物語が生まれた土地に行くと、

その作品への見方が変わり、愛着も深まるもの。

ぜひ、傑作が生まれた網走へ、北海道各地へ、

足を運んでみてください。

オープンまでの道のり⑥~「シネマの風景」連載と出版

札幌は本日とうとう雪が積もり、一面真っ白!

ミュージアムは、奥にある白壁のホテル側1Fにあります。

さて、今日は不定期連載「オープンまでの道のり」をご紹介。

◆ ◆ ◆

北海道をロケ地とした映画の魅力を伝えたい。

そんな思いから、上映会などを続けていた2006年、

ミュージアムは、メンバーの連載記事を

北海道新聞に掲載するチャンスを得ます。

企画タイトルは、「シネマの風景」。

過去の名作のロケ地をミュージアムの“映画通”が訪ねて取材し、

「今」とのかかわりを併せてリポート。

その作品が地域に何を残したのか、を掘り起こす企画です。

取り上げたのは、

1951年「白痴」(取材ロケ地/札幌市)
1953年「君の名は」(美幌町)
1959年「ギターを持った渡り鳥」(森町) など往年の名作から、
2001年「風花」(上川町)
2002年「刑務所の中」(網走市)
2004年「海猫」(函館市)
2007年「壁男」(札幌市) など近年にわたる74作品。

道新夕刊で週1回、2006年4月~2008年3月まで掲載し、

終了後の2009年1月には書き下ろし2篇を加えて

単行本「北海道 シネマの風景」(2,300円+税)として刊行しました。

単行本のあとがきには、こうつづっています。

私たちは、北海道にちなんだ映像アーカイブを集積し、
だれもが気軽に利用できる施設の実現を提唱した
故・竹岡和田男さんの意志を継いで2001年春、
「北の映像ミュージアム」を札幌のど真ん中にうちたてようと決意しました。
しかしながら、経済は好転せず、
文化への公共投資がどんどん切り下げられていく中で、
具体的な展望は開けず、
荒野に立ち尽くす思いでこの七年間を過ごしてきました。
こんなに難しいこととは予想もせず。
まさに「えらか所に来てしもうたばい」です。

最後に引用したセリフは、

中標津・別海ロケ「家族」(70年、山田洋次監督)の中で、

九州の炭鉱を離職し、新天地として北海道を目指した

主人公が、中標津の原野に立った時の言葉。

そう。当時はまだ、ミュージアムの実現なんて夢のまた夢。

それが現実のものとなるのは、それから2年半後のことでした。

(つづく)

雑誌「カイ」がつないだお客様

日増しに寒さがつのり、吐く息もすっかり白い札幌です。

さて、昨日、「幻灯機」が届く前

実はもう一組、嬉しいお客さまがいらっしゃいました。

帯広からお越しの宇佐美さんご夫婦です。

このご夫婦、帯広市西1南10-8、立花ビルB1で

ワイン&チーズ「らくれっと」というお店を経営しています。

お二人と、このミュージアムとの接点が、

この「カイ」という雑誌。

これは、北海道の新たな魅力を

掘り起こすというコンセプトの

大人世代向け季刊誌。

コンビニや道内書店で販売しています。

10月20日発行の秋号、

冒頭のトピックスコーナーではミュージアムについて

ご紹介いただいてます。

実は、宇佐美さんも同じ秋号の取材を受け、

ワイン特集の中で紹介されています。

ご夫婦は、この雑誌をきっかけに

ミュージアムを知ったそう。

聞くとご主人は、子どものころ

「帯広劇場」(現在の「金時」南側駐車場)裏手に自宅があり、

よく遊びに行ったという〝映画少年〟。

木の電柱に映画ポスターを貼る

宣伝部を手伝って、モギリ嬢に顔パスで通してもらったとか。

映写室に潜り込んで、フィルム交換の手伝いをしたとか。

そんな当時の思い出話が尽きない様子。

「セルロイドのフィルムがよく溶けてね…

映写室で焦げたにおいを嗅いだもんだよ」などと言いながら

懐かしげに映写機を見てらっしゃいました。

映画の黄金期、

どこの町にも映画館があった時代。

宇佐美さんのような体験談を聞くと、

その頃の方が、今よりずっと

映画が身近だったような気がしてなりません。

昭和レトロな「幻灯機」が寄贈されました

今日は一段と冷え込み、雪がちらついた札幌です。

さて、今日は貴重な寄贈がありました。

以前お越しいただいた 元国鉄マン・佐藤昭三さんが、

約束の「幻灯機」をお持ちくださったのです!

これは昭和40年ごろ購入したもの。

丸みを帯びたフォルムが、なんだかかわいらしいですね。

こちらは、フィルムを通す部品。

レンズの後ろにはめれば、組み立て完了です。

光源は電球。

放熱機能もちゃんとあります。

コンセントにコードを差しこみ、スイッチを入れれば、

光がフィルムを透過して画を映し出す仕組み。

専用の35ミリフィルムを入れて、

右から左へ、手で巻き取ります。

スライド式の手動映写機みたいなものですね。

佐藤さんによると、

8ミリ映写機が普及する前は こうした幻灯機が主流だったのだそう。

佐藤さん宅では当時、

幼いわが子に「桃太郎」などの昔話を見せたとか。

もちろん音は出ないため、父親の佐藤さんが

〝弁士〟となって読み聞かせたそうです。

そんな思い出の品を、 本当によろしいんですか?と聞くと、

「家の物置に置きっぱなしだったから… なげれば終わりだしね」

とのお返事。

ありがとうございます。 貴重な映像文化の資料として、

活用させていただきます!

ただひとつ、残念なのは… 幻灯機用のフィルムがないこと。

佐藤さん所有のフィルムは、

以前に幼稚園に寄贈して残っていないのでした。

今度は幻灯機用のフィルム、募集中です。

「探偵はBARにいる」プロデューサーに聞く、大ヒットの理由!

本日は、月曜休館日。

ですが、なんと、現在大ヒット公開中の札幌ロケ映画「探偵はBARにいる」

プロデューサーの須藤泰司さんにお会いすることができました!

須藤さんは札幌ご出身。

「相棒」シリーズをはじめ、多くのTVドラマの

プロデューサーを務めていらっしゃいます。

とても気さくな方で、貴重なウラ話をたっぷりお話くださいました。

インタビュー詳細を、早速、ご報告します!

ーー映画のご成功、おめでとうございます! 16年前から温めていた企画と聞きましたが、まず、今のお気持ちはいかがですか?

一番うれしいのは、「次が作れる」ということですね。僕はもともと(東映の)テレビ部の人間なので、映画の興行を体験したことがないんです。映画の成功失敗は、制作費が回収できるかどうか。今回の場合、ざっくり言うと10億円が目標でした。最近は、劇場公開の興行収入だけで元を取るのは難しい中、この作品は12億円超と黒字化することができ、いよいよ次だな・・・と、身が引き締まる思いです。

ーー地元・札幌の観客の反応はいかがでしたか?

それがすごく良くて、圧倒的でした!実は、一般的な娯楽作品の場合、北海道のシェアは全国的な興行収入の3%、良くて4%超。でも今回は、なんと10%(10万人近く)!特に、普段映画を観ない30~50代の男性客が一人で観に来てくれたようです。

ーーその人気の理由とは何でしょう?

男性客って、僕とほぼ同じ世代なんですよね。だから、自分が観たいもの、面白いと思えるものを作ったことが大きいと思います。今どきのことをやらず、僕らが好きな70年代のテイストを徹底的にやったことが、映画好きにも楽しんでもらえた要因ではないでしょうか。

ーーなるほど。札幌ロケを振り返っていかがですか?

特に、冬の画が、インパクトがありました。たとえば、ニューヨークやシカゴなど、都会の冬の画ってほかにもあると思いますが、札幌のように大都会の、それも街ナカで、普通に雪が積もっている、というのはないんですね。もちろんそれは狙ったわけですが、実際に作ってみると、思った以上に画のチカラがあると感じました。

ーーそもそも、札幌ロケというこの企画がよく通りましたね。

実は、札幌ロケというより、探偵モノって業界内で当たらない、と言われていたんです。だから社長に企画を持って行ったときの反応は、「NO」でした(笑)。そこで僕が、探偵モノが当たらない理由をレポートに書いて提出して説得したところ、とうとう向こうが根負けして、「ならやってみろ」ということになりました。

ーーいわば粘り勝ちですね(笑)

はい(笑)。それになぜかわかりませんが、僕には、札幌を舞台にすれば、これまでと変わった違うモノになる、という変な自信、理由のない思い込みがありました。そして、主役の大泉(洋)さんにがピッタリはまったんです。

ーー相棒役の松田龍平さんとのコンビ、とても良かったです!

それ、すごくうれしい感想です。普段は主役をやる龍平君が、今回は助演に徹してくれたのも良かったです。逆に存在感が出ましたね。

ーー先ほどの「理由のない思い込み」について、もう少し詳しく教えてください。

逆に、なぜそう思わないんですか?って思うんですよね(笑)。だって、世界各地の都市を舞台に映画が作られている中で、200万人都市で、気候がこれだけ変化に富むこの札幌が、舞台にならないはずがない、と当たり前のように思うんです。

ーーそれは出身者ならではの感覚かもしれませんね。

そうでしょうね。やっぱり、札幌が好きだから、ここで作りたくて作っているんです。逆に失敗すると帰れなくなるし(笑)、その辺の思い入れは違いますね。

ーー主役の大泉さんもはまり役でした。なんだか北海道の人って、大泉さんが出ているだけで応援したくなる部分があるんですよね…。

地方と違って、札幌の方は映画のロケを遠巻きに眺めている方が多いんですけど、中には「なにやってるんだ?」ってしかめ面のおじさんとかが出てくるんです。でも、「大泉さんの映画で…」って説明すると、「洋ちゃんならいいよ」ってトタンに表情が和らぐんですよね。大泉さん本人も、北海道に対して本当に一生懸命な方です。今回彼が心配してたのは、やっぱり地元のお客さんだったので、北海道で好評だったことは本当にうれしいですね。

ーー次回作も期待しています!

ありがとうございます!次の撮影時期はまだ未定ですが、再来年の公開が目標です。もちろん舞台は札幌。今度は大泉さんがどこを走るのか…どうぞ楽しみにしていてください。

映画作家・大林宣彦さんインタビュー!

今日は小雨の札幌でした。

さて、昨日開幕した

「星の降る里・芦別映画学校」に行ってきました!

このイベントは今年で19回目。

〝校長〟として映画作家の大林宣彦さんを迎え、

「ふるさとビデオ大賞」や映画上映などを行っています。

大林監督といえば、この芦別映画学校はもちろん、

小樽ロケ「はるか、ノスタルジィ」(93年)など

北海道との関わりが深い映画人の一人。

そこで、イベント前の大林監督に直接お会いしてきました!

早速、質問。

ロケ地としての北海道の魅力をどうお感じですか?

するとまず一言、「光がきれい」 そして、「人があったかい」

さらに、「広い」 「嬉しい」 「美味しい」 「楽しい」 との言葉が。

その一言ひとことが優しくて、

なんだか胸がじんわり温かくなりました。

ちなみに、この日上映されたのは

大林監督の「青春デンデケデケデケ」(92年)。

20年も前の映画ですが、まったく色褪せず、

スクリーンに刻まれた風景が、ストーリーが、

キラキラ輝くような作品でした。

そして嬉しいことに、大林さんは現在、

芦別を舞台にした映画制作を計画中とのこと!

今は亡き映画学校創始者の念願でもあったという

「芦別映画」の実現に向けて、

我々ミュージアムも応援していこうと思います!

もちろん大林監督より

とってもステキなサインをいただいたので、

ぜひ館内でご覧くださいね。

懐かしの8ミリトーキー映写機

秋から冬へ。

日に日に季節の移り変わりを感じる札幌です。

さて、今日は昔懐かしい 8ミリのトーキー映写機をご紹介します。

これは、札幌の浦田久さんという方から お借りしたもの。

音の出ない8ミリ映写機は ミュージアムの

仲間が持っているのですが、

音の出るトーキーの映写機はなく、

ずっと探していたのです。

この日は、 浦田さんのお持ちいただいたフィルムと

ミュージアムのコレクションフィルムをいくつか試写し、

映写機の状態を確認しました。

それにしても、カタカタカタ…という映写機の響き。

スピーカーから流れるアナログな音。

スクリーンに映るうすぼんやりした画面。

どれも新鮮で、なぜか懐かしい。

手軽なDVDや映画館での35ミリ上映とは違う

アットホームな上映でした。

ちなみにそのあと、参加メンバーで

来年のイベント開催について打ち合わせ。

詳細は改めてご報告しますが、

いろいろと楽しい一年になりそうです。

ぜひ、ご期待ください!

ボランティアスタッフAさんの話

今日も快晴の札幌です。

さて、今日は最近ボランティアスタッフに加わった

Aさんをご紹介します。

このAさん、北海道美術センターなどに勤め、

主にHBCやUHBのテレビドラマ制作に

美術スタッフとして約50年間携わったそう!

思い出の作品を聞くと、

HBC初のドラマ東芝日曜劇場で、

北大にロケセットを組んで生放送したという

「北緯四十三度」(58年)をはじめ、

京極町ロケ「虫は死ね」(63年)などなど

次々と作品名が挙がります。

あの「北の国から」にも関わったそうで、

懐かしそうに台本を見てらっしゃいました。

ミュージアムのテレビコーナーでご紹介している

演出家・守分寿男さんとの仕事も多く、

「女房の眼鏡」(68年)
「風船のあがる時」(72年)
「うちのホンカン」シリーズ(75年、館内で視聴可)
「幻の町」(76年、館内に台本を展示)

など、どれも思い出深い作品だそうです。

守分さんについて

「普段は穏やかだけど、仕事は厳しい人。

美術サイドへの要求も厳しかったけれど、

振り返ればずいぶん教えてもらったな」とお話くださいました。

18歳で美術の世界に飛び込み、

半世紀にわたって

ドラマの現場を見続けてきたAさん。

ミュージアムで見かけたら、

ぜひその貴重な思い出話を聞いてみてくださいね。