「さっぽろ映画館グラフィティー 昭和の映画館」レポート!最終回

本日は、「北のシネマ塾~昼下がりトーク編」第2弾

「さっぽろ映画館グラフィティー① 昭和の映画館」

(2月18日、ミュージアム)のレポート最終回。

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浦田/最後に、一番記憶に残っている3本の映画を紹介します。一本目は、小学生の時に観た「爆音」。少年飛行兵を、村中総出で迎える内容で、戦意高揚映画として作られたと思うんですが、印象に残っています。ミュージアムに来て、竹岡和田男さんの主宰した「さっぽろ映画塾」のラインアップにあって驚きました。  次は、戦争中に観た、溝口健二さんの「元禄忠臣蔵」。いわゆる、討ち入りのない忠臣蔵。当時、子どもの僕は討ち入りを期待しながら観ていたらなくて意外でしたけど、まるで記録映画のように松の廊下を原寸たがわず作っていて、日本文化の凄さをしみじみ見せられ、今も忘れることができません。

最後は、「忠臣蔵」。バンツマ(板東妻三郎)、片岡知恵蔵、アラカン(嵐寛寿郎)など、映画スターが総出演し、見事な内容で感動しました。それを観たのは、戦後すぐのこと。仇討の映画が禁止されていた当時、美登紀館の人に「今夜見せたいものあるからこい」と言われて、少人数でこっそり観たのです。あの時代背景の中で観る「忠臣蔵」は、「これが日本人だ」と感じさせ、まざまざと心に残っています。

(会場から拍手。続いて質問タイムへ)

観客/弁士はどのくらいいたのですか?

浦田/十数人はいたと思います。それも、時代劇、活劇など得意分野があって、色分けされていました。昭和10年ごろは、トーキーと弁士が混在していました。

和田/松田春水さんという有名な弁士さんが、70年代にSTVホールでバンツマの「雄呂血(おろち」と小津安二郎の作品をやったことがあって、感動したことを覚えています。

佐々木/弁士の〝その後〟を描いた佐々部清監督の「カーテンコール」という映画もあるので、ぜひご覧ください。

和田/映画館だけでなく、映画館に関わった人の話もこれからしたいですね。

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以上です。

この毎月第3土曜日の「北のシネマ塾」。

「さっぽろ映画館グラフィティー」関連は以下の予定です。

4月21日(土) 「さっぽろ映画館グラフィティー② 黄金時代(昭和30年代)の映画館」

6月16日(土) 「さっぽろ映画館グラフィティー③ 熟成した昭和50年代の映画館」

※いずれも午後2時~入場無料。

ノスタルジックで新鮮な 札幌の映画館談義を

ぜひ一緒に楽しみましょう。

「さっぽろ映画館グラフィティー 昭和の映画館」レポート!③

本日は、「北のシネマ塾~昼下がりトーク編」第2弾

「さっぽろ映画館グラフィティー① 昭和の映画館」

(2月18日、ミュージアム)のレポートの第3回目。

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浦田/映画と実演の組み合わせも多かった。東海林太郎さんなど興行師が来て、そうした実演は「色物」と呼ばれてました。

佐々木/カラー化はもう少し後ですよね。(ワイドスクリーン映画の)「シネマスコープ」は、札幌ではなかなか観る機会はありませんでした。

浦田/それで、ひとつエピソードがあるんです。僕は当時、どうしても観たくて観たくて、お金を貯めて職場に黙って、こっそり飛行機で東京に観に行ったことがあるんです。それが、なんと上司にばれまして。というのが、当時、飛行機の乗客は全員、新聞に名前が紹介されるんですね(笑)。翌日課長に呼ばれまして、汗をかいたことを覚えています。あれは一生の失敗といえるかもしれません(笑)。

その時、東京で観たのはスクリーンではありませんでした。スクリーンだと思っていたら、その中からポンと人が出てきて、びっくり。何と、ひもで出来ているんですね。「立体感を出すため、布ひもでスクリーンを作っています」と説明されました。映画が始まると、一面にタイトルがバーンと映し出されて、思わず後ろにのけぞりました。

和田/今の3Dみたいなものでしょうか?

浦田/ええ。後ろから音が出てくるんです。ベネチアとか、エベレストの映像など「すごいな」と観ていると、後半にジェットコースターの映像があって、目が回ってきました(笑)。前の席の人も、思わずイスをつかんでフラフラ状態。あの立体感、音のすごさは、体験しないと分からないと思います。でもそんなに人気は続かず、結局「西部開拓史」で終わりました。  ところが、札幌で一回だけ、シネマスコープが上映されたことがあるんです!それが、ここ。厚生年金会館です。作品は、「ナポレオン」。確か1万円超の高い入場料金でしたけど、面白かったですね!

和田/私の記憶では、70年代に「大地震」という映画で、2階から落ちた人がいたとか。

浦田/あったかもしれませんね(笑)。

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次回へつづきます。

「さっぽろ映画館グラフィティー 昭和の映画館」レポート!②

今日は桃の節句。

本日は、「北のシネマ塾~昼下がりトーク編」第2弾

「さっぽろ映画館グラフィティー① 昭和の映画館」

(2月18日、ミュージアム)のレポート続編をお伝えします。

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和田/「宝栄座」事件というのは?

浦田/はい。南5西2に「宝栄座」という映画館があったんです。その後、「東宝劇場」「新東宝劇場」になり、オークラになって廃館になりましたが。この劇場で当時、〝トイレにお化けが出る〟という噂がありましてね。たぶん大人の悪知恵だと思いますが(笑)。あそこはもともと墓地だから祟られるぞ、とか何とか…それが僕達には怖くて。でも、映画を観たいから行くんです。チャンバラ劇とか観ていると…トイレに行きたくなるんですよね。それでこわごわ行きました。結局祟られることはなかったですけれど(笑)

和田/イスが壊れたこともあったとか?

浦田/それは戦後の話なんです。戦後初のアメリカ映画「ユーコンの叫び」という作品が、その映画館で上映されたんですが、随分な人気を集めましてね。僕等は最初長椅子に座っていたんですけど、どんどんお客さんを入れるもんだから、押されて座りきれなくなってしまって。当時、映画館のイスは木製だったんです。それで映画が始まって観てたら、そのうちバリバリバリ!と音を立てて、イスが倒れてしまって。イスがつぶれても、みんなその上に立って観たことがありましたね(笑)。映画館の外にもすごい人だかりが出来て、出るのも大変でした。振り返るとつまらない内容でしたけど、それだけアメリカ映画に飢えていたということなんでしょう。戦時中は実際、ドイツやイタリア映画は上映していたんですが、アメリカやフランス映画はダメでしたから。

佐々木/戦後は逆に、日本映画がダメになったようですね、チャンバラとか、かたき討ちのような内容は。

浦田/はい。刀で人を斬るような内容はダメなんです。その頃、(時代劇スターの)片岡知恵蔵さんが「土俵祭」という映画に出ていたんです。でも、痩せこけて、ひょろひょろした体で回しをしめているから、全然相撲取りに見えないんです(笑)。そんなことが記憶にありますね。

佐々木/札幌の街には、映画館の名の残る通りも残っていますよね。

浦田/何カ所かありますね。大人8銭、子ども2銭の入場料が由来という映画館「八二館」があったんですが、これが今、「八二市場」として残っています。

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次回に続きます。

「さっぽろ映画館グラフィティー 昭和の映画館」レポート!①

明日はひな祭り!

さて、本日は 2月18日(土)にミュージアムで行われた

「北のシネマ塾~昼下がりトーク編」第2弾

「さっぽろ映画館グラフィティー① 昭和の映画館」

のレポートをお伝えします。

トークしたのは、札幌の〝淀長さん〟こと佐々木純副理事長、

ゲストの〝街並み画家〟浦田久さん(元北区区長)、

エッセイストの和田由美事務局長。

3人のアツい映画館談義をどうぞ。

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浦田/親が大の映画ファンで、息子の私もとにかく映画が好きでした。札幌の三吉神社では5月にお祭りがあり、無料の野外上映会をやったんです。タダで観れるとあって、大いばりで「丹下左膳」を観たのが僕が5、6歳の時です。  昭和10~20年代当時、札幌は無声からトーキーに切り替わる時期でした。「美登紀(みとき)館」や「遊楽館」「中央館」などでは、3本立てのうち2本は弁士付き、1本はトーキー。それがひとつの興行になってました。オヤジが一緒だと、タバコの煙がスクリーン前にフワっと広がってね。それが楽しみというと変だけれど…そんなことを覚えています。

札幌で一番大きい映画館「松竹座」は3階建て。劇場の前半分が畳で、後ろがイスの造りでした。上映が始まると、「ただ今こういう映画をやっています」という行燈が置かれていたので、途中でも作品が分かりました。あと、「松竹座」には、〝ホタル〟もいたんですよ。

佐々木/ホタル?

浦田/お客さんを案内するサービスガールのことです。短いスカートをはいたきれいなお姉さんが懐中電灯を持って足場を照らして、席まで連れていくんですよ。人によっては、この女性に心づけを渡すこともありました。「松竹座」の赤いカーペットの上を歩くと、なんだか特別な場所に来た気分になってね。  また、当時、映画館の外には〝呼び込み〟がいて、「さぁさ、いらっしゃい!」なんて声を張り上げるんです。呼び込みがうまいと、つまらない作品でもつい入りたくなっちゃうんです。

和田/昔のお化け屋敷みたいなものですね。

浦田/そう!面白いストーリーの部分を上手に話すので、子どものころはそれを聞きたくて映画館近くに行ったものです。「松竹座」には、うまい呼び込みがいましたね。  当時の映画館といえば、カーボンの匂いと、あとトイレの匂いが印象に残ってます(笑)。二流館だと、夜寒くなるんですね。マントの中に入ってよく観たものです。

和田/下足のお話も興味深いですよね。

浦田/そうそう、畳敷きだったので靴を脱いで映画館に入るんですが、下足番に靴を預けて、番号札をもらうんですね。映画が終わるとみんな一斉に帰るので、下足の争奪戦が始まる(笑)。子どもの私たちなんかはさっと行くんですが、要領の悪い人はかなりの時間待ってましたね。あと、館内には、キャラメルやおせんべいを売る売り子さんもいましたね。

佐々木/和田さんもその売り子をやったとか?

和田/いえいえ(笑)。私は20年ほど前、名古屋から弁士をお呼びして、大谷会館ホールを借りて上映会をしたことがあるんです、無声映画の匂いを彷彿とさせようと、女の子に着物を着てもらって、当時の売り物と同じアンパンやサイダー、ミルクキャラメルを販売して。

佐々木/反応はどうでした?

和田/すぐ売り切れましたよ!懐かしさで皆さん買ってくれたのでしょうね。ただ、凝りすぎて大赤字になってしまったのですけど(笑)

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次回に続きます。

学生スタッフさんの紹介!

今日は気持ちの良い快晴!

どことなく春めいてきた札幌です。

さて、本日は、新しい学生ボランティアスタッフさんをご紹介。


北海学園大4年、奥塚亜紗美さんです。

ミュージアム理事でもある大石和久教授のゼミ生で、

オープン準備からサポート。

ミュージアムの礎を築いた故・竹岡和田男さんの

ビデオコレクション整理も手伝い、その膨大な量に驚いたそう。

4月からは札幌での就職が決まっており(おめでとう!)、

まずは卒業までの2か月間、

ミュージアム運営を手伝ってくれることに。

好きな映画は「かもめ食堂」!

この荻上直子監督をはじめとした、

女性監督をテーマにした卒論を書いたとか。

ぜひ、読んでみたいですね。

社会人になれば、また新しい出会いと経験が増えるはず。

迷ったり、悩んだりした時に、

竹岡さんの遺した映画コレクションや

このミュージアムが、何かの役に立てば嬉しいですね。