開館6周年記念上映会「小林正樹の世界」レポート②

9/2(土)、札幌プラザ2・5で開催した
北の映像ミュージアム開館6周年記念イベント
「シネマの風景特別上映会
『北海道が生んだ、映画界の至宝! 小林正樹の世界』」。

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ゲスト・関正喜さんによるトークの続きをどうぞ。

* * *

小林監督は、小樽で生まれ育ったわけですけれど、父・雄一さんは九州出身、母・久子さんは福井出身。雄一さんは北海道炭礦汽船のえらい方で、富岡町に家がありました。小林さんの言葉を借りますと「当時としては異例なほど自由主義な家だった」そうです。

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たとえば、朝食はパン。友達が家の前を通ると、妹が弾くピアノの音が聞こえた。大変モダンな家庭だったんですね。

ちなみに、「この広い空のどこかに」の炊事シーンでは、かすかにピアノの音が聞こえます。また、「美(うる)わしき歳月」にも、ピアノの音が聞こえるシーンがある。デビュー作「息子の青春」では、母役の三宅邦子さんが台所でハミングする場面があり、曲はモーツアルトのピアノソナタ。こうしたシーンは、彼の家庭環境が反映しているような気がします。

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この父・雄一さんというは、人間を尊重する、自由主義的な人物だったそうです。小林監督の中で大きな存在でした。叱られないけれど、何か怖かったそう。威厳のある方だったんだろうと想像します。

父親像。これが、小林映画における大事な要素だと考えてみます。

そうしますと、デビュー作「息子の青春」は、父親の映画ともいえそうです。父親役を北龍二さん、母親役を三宅邦子さんが演じています。1952年の作品ですが、会話があかぬけていて、観たらきっと驚かれるでしょう。

劇中、長男役の石濱朗さんは、誕生パーティーに女友達を呼ぶため、父親に許可をもらいます。そこで、ちょっと躊躇するんです。優しいお父さんなんだけれど、何か気安くできないんですね。おそらくそれが、父・雄一さん像だったんだろうと思います。

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初の長編「まごころ」では、千田是也さんが父親を演じています。これが、この作品の重しです。少しこじつけじみますけれど、「この広い空のどこかに」の佐田啓二さん演じる男性も、年を取ったら、小林監督の描く父親像になったんじゃないでしょうか。

また、サスペンス映画「からみ合い」。これは遺産相続の物語なので、当然、父親がキーマンです。さらに、「切腹」は、まさに仲代達矢さん演じる父親の映画。「上意討ちー拝領妻始末―」もそうですね。

次に、「日本の青春」という映画。タイトルこそ大げさですが、むしろ小品です。戦争で傷を負い、今は平々凡々と生きている男性を藤田まことさんが演じます。彼は戦争で上官に耳を殴られ、耳が聞こえなくなってしまった。ところが、あろうことか息子がその元上官の娘と恋をしてしまう。さらに、自衛隊に入りたいと言っている。その父親の葛藤を描き、藤田さんのシリアスな演技が光るいい映画です。

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なお、父親的存在、庇護者としての男性という風に、父親を広く見ると、たとえば、プロ野球のスカウト合戦を描いた「あなた買います」という映画にも、そういう人物が出てきます。

「いのち・ぼうにふろう」も、ならず者が集まる居酒屋の主人、中村翫右衛門演じる彼が、ある意味、父親的な柱になっています。それから「化石」は、癌を宣告された男の話で、佐分利信さん演じる父親の映画。そして、遺作「食卓のない家」になるわけです。

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「食卓のない家」は、円地文子さんの小説が原作で、長男が連合赤軍浅間山荘事件に連座してしまった、ある家族が崩壊していく物語。かなりしんどい映画です。家族は世間から批判を浴びますが、仲代達矢さん演じる父・信之は、頑として沈黙を守る。成人に達した息子に対して、親は責任を問われる立場にない、という姿勢を貫くわけです。見事な作品だと思います。

何かにつけて同調圧力が強い日本の世の中で、小林監督は最後の作品に、こういう主人公を選びました。小林監督は、「信之が自分の父親のイメージだ」とおっしゃっていました。

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小林正樹という人は、父の像を生涯追い続けた、という側面があるのではないでしょうか。極論すると、作家人生を通じて、父・小林雄一、その人を描き続けてきたのかもしれません。

「食卓のない家」についてのインタビューで、小林監督は「(父親役の)信之は僕の分身です」とも言っています。ずっと父を描き続けて、最後はお父さんと合体したという表現をしても、ひょっとしたらいいのかもしれません。

もうひとつ、本に入れられなかったテーマがあります。それは、日本人はなぜ、小林正樹が嫌いなのか。

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今日のお客様は小林監督がお好きでしょうから意外かもしれません(笑)。1971年、カンヌ国際映画祭が、世界で10人の映画監督に功労賞を送りました。日本から選ばれたのは、小林監督ただひとりです。それだけの人でありながら、彼に関する本は、今までありませんでした。海外では小林映画が盛んに見られますが、日本ではビデオ化された作品も極めて少ない。レンタルショップにも、おそらく小林正樹コーナーはないと思います。

「食卓のない家」で、仲代達矢演じる父親が「あなたは気の置ける父親なのよ」と言われるシーンがあります。「気の置ける」とは、「敷居が高い人」という意味です。

もしかしたら、小林映画は、日本人にとって「気の置ける」映画なのかもしれない。つまり、信之の姿勢、絶対的に個人であろうとする、個人で責任を取ろうとする、ウェットな情緒になびかない。そういう人物を描いた映画は、日本人にはしっくりこないのではないか、というのが、私の想像です。

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最後に、「息子の青春」の中で、「あなたは子どもの恋愛を奨励するんですか」と言われた父親が「奨励はしないよ。妨害しないだけだ」と答える場面があります。一方、「食卓のない家」で、息子の罪に対して沈黙を守る父親のセリフに、「冷酷なんじゃない。けじめだ」があります。

状況は違いますけれど、人間を「個」として尊重する姿勢は、デビュー作と遺作、最初と最後で結びついているな、と感じました。小林正樹という人は、そういう信念を持って映画を作り続けた方なんです。私は彼のそういう姿勢に共感し、感動するのです。

(トークおわり)

開館6周年記念上映会「小林正樹の世界」レポート①

9/2(土)、札幌プラザ2・5で開催した
北の映像ミュージアム開館6周年記念イベント
「シネマの風景特別上映会
『北海道が生んだ、映画界の至宝! 小林正樹の世界』」。

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小樽出身の巨匠・小林監督の
「この広い空のどこかに」(1954年)
「いのち・ぼうにふろう」(1971)の2作品を上映し、
北海道新聞記者時代に小林監督にインタビューした経験を持つ
関正喜さんをゲストにお招きしました。

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午前・午後の部併せて約300人の方に足をお運びいただきました。
ご参加くださった方々、本当にありがとうございました。

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ゲストの関さんは、北海道新聞記者だった1993年秋、
小林監督をインタビュー。当時の取材内容を基に、
昨年岩波書店から発行された書籍「映画監督 小林正樹」の中で、
小林監督の生い立ちから、各作品への思いなどを語る
監督インタビューの章を丸ごと担当されました。

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この本の誕生秘話を含め、
小林作品の見どころ・魅力などを語った
貴重なトーク内容を、たっぷりとご紹介します。
(※午前・午後の部のトーク内容をまとめています)

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ご覧いただいた「この広い空のどこかに」。ブツブツ切れたりして、フィルムの状態があまり良くありません。実は、私と同じ、63歳のフィルムなんです。昔はフィルムをあちこちの映画館で回して、切れると映写技師がつなぎました。このフィルムも、全国の映写技師さんがつないだのでしょう。そうして旅してきた63歳のフィルムなんだなぁ…と思うと、なんだか愛しくなりました。

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「この広い空のどこかに」は1954年、小林監督5作目の松竹映画です。懐かしい、古臭い…皆さん、どういう印象を持たれたでしょうか。

この広い空のどこかに©1954 松竹

この広い空のどこかに©1954 松竹

劇中、佐田啓二さんと久我美子さんの夫婦が物干し台で魔法のボールを投げる、という夢物語的なシーンがあります。小林監督が「松竹という映画の中で自分なりに工夫してみようと思った」とおっしゃっていた、お気に入りの場面です。ある評論家から「甘ったるくていけない」と批判されたそうですが、佐田さんの息子・中井貴一さんはあの場面がとても好きで、「おやじとしてもあそこの芝居が一番いいんじゃないか」と話していたらしい。私もあのシーンには、戦後のいい時代を感じます。

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また、舞台は酒屋さん。奥の住居から店のやりとりを撮っていて、向こうに通りが見えます。何か見覚えないでしょうか。…「男はつらいよ」、寅さんですよね。松竹のDNAを感じます。

「いのち・ぼうにふろう」は、「この広い空のどこかに」の16年後、1971年に封切られました。「人間の條件」「切腹」「怪談」などを撮り終えた後の作品です。けれど、白黒映画です。

いのち・ぼうにふろう©1971 東宝/俳優座提携

いのち・ぼうにふろう©1971 東宝/俳優座提携

撮影を担当した岡崎宏三さんは、当時カラーよりも高価だったイギリスのイルフォード・フィルムを使いました。私も記者時代、あえてイルフォードのフィルムで写真を撮りました。なんともいえない、柔らかい黒白の色調が出るんです。写真と映画用フィルムはもちろん違いますけれど、岡崎さんがこだわったフィルムで撮った映画です。

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また、美術監督は水谷浩さんです。溝口健二監督の名画を担当した大美術監督で、彼にとって最後の作品になりました。「深川安楽亭」という安酒場、素晴らしいセットです。当時、横浜の路面電車が廃止になり、不要になった敷石を調達して、石敷きに活用したそうです。水谷美術の見事さを、ぜひ味わっていただきたいです。

出演する中村翫右衛門さんも隅から隅まで芸達者。小林監督自身、とても楽しんで撮ったという作品です。

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「映画監督 小林正樹」は、2016年12月、岩波書店から刊行されました。2016年は小林監督の生誕100年・没後20年の節目でしたが、これは小林監督についての初めての本になります。

会場待合室で「映画監督 小林正樹」を手にする関さん

会場待合室で「映画監督 小林正樹」を手にする関さん

実は、この本の企画を岩波書店に持ち込んだのは、私です。と申しますのも、北海道新聞記者だった1993年秋、小林さんのもとに10日間ほど通ってお話を聞かせていただきました。もちろん新聞に一部を連載しましたが、取材テープは37時間分あり、その後、私蔵する形になっていたんです。今回、本に収録するため起こし直したら、400字詰め原稿用紙1200枚分ありました。

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小林監督は、作品についてのインタビューは応じますが、ご自身の人生について語ることを全くしない方でした。ただ、子供時代からの資料はきちんと整理していた。今回、それを活用することができました。ほとんど、今まで表に出なかったものばかりです。

700ページ近くあり、税込み7500円くらいするので、「気楽に買ってください」とは言いにくいのですが(笑)、基礎資料や作品に対する主要論点をほとんどすべて盛り込み、幻の企画「敦煌」のシナリオも収録しています。

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ちなみに、編者の小笠原清さんは、〝地獄の現場〟と言われた小林監督の「怪談」、「化石」の助監督を務めていて、「東京裁判」の脚本構成もされた方。もうひとりの編者・梶山弘子(こうこ)さんは、「化石」「食卓のない家」のスクリプト(記録)担当者。人柄が大変良く、小林監督が遺品を全部託した方です。

本題に入ります。〝家族映画を撮る人〟としての小林正樹、という見方です。小林監督というと〝社会派の巨匠〟というイメージが付きまといますけれど、「家庭映画を撮った」という視点でみると、また新しい小林像が見えてくるのではないでしょうか。

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「人間の條件」全6部を1本と計算しますと、小林作品は全20本あります。記録映画「東京裁判」を除く19本のうち、私流の勘定によると、12作品が、家族に関する映画といえると思います。

まず、1952年のデビュー作「息子の青春」。タイトルから想像がつく通り、家族の映画です。「この広い空のどこかに」も家族の話ですし、「まごころ」「美(うる)わしき歳月」もそう。義理の息子が無残な殺され方をして…という「切腹」も、見方によっては、家族の映画です。「上意討ちー拝領妻始末―」もそうですね。うちの大事な嫁に何してくれたんだ!という。

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ちなみに「人間の條件」も、主人公・梶が荒野を彷徨って死にますが、その思いは「奥さんのもとに帰りたい」というもの。家族、夫婦の在り方を描いたと言えなくもない。

〝家族映画作家〟としての小林正樹という視点で考えると、濃淡こそあれ、映画で描かれる父親の在り方、夫婦の在り方は、生まれ育った小樽の家庭の雰囲気をとてもよく反映しています。これは、本作りを通じて感じたことですし、小林監督自身も繰り返し話されているのです。

会場ロビーには小林正樹監督作の貴重な資料がずらり

会場ロビーには「人間の條件」をはじめ、小林正樹監督作の貴重な資料がずらり並んだ

(つづく)

10/21(土)のシネマ塾は「カルメン純情す」!

月イチのミュージアムイベント「北のシネマ塾」。

10月21日(土)午後2時からは、

「カルメン純情す」(1952年、木下惠介監督)

がテーマです!

カルメン

函館出身・高峰秀子さん出演作。

トーク担当は、大石和久理事。

どうぞお楽しみに。

11月「ミリキタニの猫《特別篇》」札幌上映会

80歳の日系アメリカ人画家・ミリキタニの

激動の人生をたどる2006年のドキュメンタリー映画

「ミリキタニの猫」(リンダ・ハッテンドーフ監督)。

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作品公開後にわかった驚きの事実と出会いをまとめた

新作短編「ミリキタニの記憶」(Masa監督)。

この2本を一挙上映するイベントが、

札幌市内3会場で行われます。

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『ミリキタニの猫・特別編』札幌上映&ジミー・ミリキタニ展
11/8(水)札幌市時計台(午後7時~・定員100人)
11/18(土)ヒシガタ文庫(午後6時30分~・定員40人)
11/19(日)札幌市資料館(①午前10時20分②午後0時45分③午後3時10分・各回定員60人)
入場料は当日1400円、予約割引1200円。
キノマド公式サイト(こちら)からご予約を。

2

「ミリキタニ パネル展」(11/1~19、
東急百貨店さっぽろ店1階北口特設会場)と
「ジミー・ミリキタニ原画展」(11/6~20、ヒシガタ文庫)
の関連企画も。

ニューヨークの片隅で〝尊厳〟と〝やさしさ〟が出合う物語。

この機会に、ぜひご覧ください。

映画の公式サイトはこちら

11/25(土)、ゲンスブールナイト札幌&アンモナイト2017

映画監督セルジュ・ゲンスブール(1928ー91)をご存知ですか?

歌手、作詞家、作曲家、俳優など多彩な才能を持った

フランスを代表する芸術家です。

その偉業をしのぶLIVEイベント

「ゲンスブールナイト」が11/25(土)午後4時半、

EDIT(札幌市中央区南2西6、13ー1)で行われます!

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コアなファンも、初心者も楽しめ一夜限りのフレンチ祭り。

ミュージアムにもお越しくださった山田勇男監督の

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「月球儀少年」(2001年)も特別上映されるそう。

前売り2800円、当日3500円。

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詳しくは公式FBサイト(こちら)でチェック!

9/26(火)、札幌で山崎幹夫監督作品上映会

東京出身の山崎幹夫監督の作品上映会が、

9/26(火)、札幌LOG

(北区北14西3ゼウスビル地下1階)で行われます。

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山崎監督は、1959年東京生まれ。

82年から映像制作・上映集団「映像通り魔」を結成し、

主に8ミリフィルムで自主制作映画を製作。

今回は、

「夜のてのひらの森」(2011年)

「Let Me End With You」(2003年)

「ディープスイーツ・シニア」(2017)を上映。

※「ディープスイーツ・シニア」の予告編はこちら

料金は1500円。

問い合わせは金井さん(090ー5222ー9570)へ。

11月から札幌で追悼特別展「高倉健」!高村賢治副館長トークイベントも

現在帯広で開催中の追悼特別展「高倉健」。

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11月22日(水)からは、札幌に移り、

道立近代美術館で開催されます。

映画上映会や記念コンサートなどの関連事業に加えて、

11月24日(金)には

「プレミアム・フライデー・トーク」を予定。

講師として、当ミュージアム副館長の高村賢治氏が登場します!

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「北海道と高倉健ー北の〈映像遺産〉を語る」のテーマで、

北海道を舞台とした主演作について語ります。

参加者は、健さんが愛したコーヒーも味わえるそう!

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参加費は1000円で、定員は30人。

参加希望者は、往復はがき
(060ー0001 札幌市中央区北1条西17丁目
北海道立近代美術館 「高倉健展」担当まで)、

またはメール(kinbi.gakugei1@pref.hokkaido.lg.jp)

にてお申込みください。

募集期間は11月3日まで。応募多数の場合は

抽選のうえ、結果を11月10日ごろまでにお知らせします。

お問い合わせは近代美術館(011ー644ー6882)へ。