品田雄吉という人-田中千世子監督製作DVDから

北の映像ミュージアムの案内係当番に出勤してみると、デスクに1枚のDVDパッケージが置かれていた。表に「Y.S. 彼の思い出」のタイトルと、昨年12月13日、肺がんのため他界した映画評論家品田雄吉さん(北海道・遠別町生まれ)の生前の素敵な笑顔。裏に、今年3月19日、東京で開かれた「お別れの会」出席へのお礼の文章がある。私たちNPOの仲間の一人が代表して出席し、いただいて帰ってきたのだろう。文章の末尾に「品田千世子」とある。映画評論家でドキュメンタリー分野の映画監督田中千世子さん、品田雄吉夫人である。

写真 (8)

DVDはわずか12分半。ナレーターが、品田さんの一人称で語るスタイル。北大時代に映画の魅力に憑りつかれ、評論家の道を歩むきっかけになったこと、大学時代、当時すでに高名だった淀川長治さんを講演に招き、札幌駅からタクシーに同乗したことを、後年、淀川さんが憶えていてくれたことなどを語る。

後半に、こんな字幕があった。

2014年12月13日午前11時16分、呼吸が止まる

私は私と訣れた。

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衝撃を受けた。死ぬことは他の人々との訣(わか)れであると同時に自分との別れでもある、ということか。

これに続きこんなナレーション。

もちろん、家族や親族の関係が大事だ、という感覚もあるが、おれはたった一人の人間だよ、という感覚もある。アナーキーかもしれないが、北海道にはそういう人間が多いんじゃないかな。

評論家という仕事は孤独で、根源的にはたった一人ですべてに立ち向かっていかなければならないのだ、とご自分に言いきかせて歩んでこられたのだろう。

品田雄吉さんの生き方は、映画評論の仲間あるいはライバルであり、品田評論の対象となる映像作家であり、私生活での同志、伴侶である千世子さんがいちばんよくご存じなのだろう。

北海道には寡黙で他人に頼らず、ひとりコツコツと努力する人が多いーたしかに、他国者(大阪生まれの大阪育ち)の筆者もそんな気がする。

田中千世子さんが2月、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭に招かれて夕張を訪れた合間を縫って北の映像ミュージアムに来られた。その時、撮っておられた映像がこのDVDに挿入されている。

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品田雄吉さんには、NPOの特別顧問をしていただき、まだミュージアムが実現しない苦しい時期から励ましていただいたことなどを思い出す。

DVDの中で、品田さんは中央での評論活動が長く、故郷北海道へのかかわりが、晩年になってゆうばり映画祭再興への支援というかたちで自然に生まれたことを喜んでおられた。ふるさと北海道へのかかわり、という意味では私たち北の映像ミュージアムもまた、品田さんの息遣いを感じさせる場所でもある、とDVDをみながら考えた。

この場を借りてあらためて故人のご冥福を祈ります。

(この項文責・喜多義憲)

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