「さっぽろ映画館グラフィティー 昭和の映画館」レポート!①

明日はひな祭り!

さて、本日は 2月18日(土)にミュージアムで行われた

「北のシネマ塾~昼下がりトーク編」第2弾

「さっぽろ映画館グラフィティー① 昭和の映画館」

のレポートをお伝えします。

トークしたのは、札幌の〝淀長さん〟こと佐々木純副理事長、

ゲストの〝街並み画家〟浦田久さん(元北区区長)、

エッセイストの和田由美事務局長。

3人のアツい映画館談義をどうぞ。

* * *

浦田/親が大の映画ファンで、息子の私もとにかく映画が好きでした。札幌の三吉神社では5月にお祭りがあり、無料の野外上映会をやったんです。タダで観れるとあって、大いばりで「丹下左膳」を観たのが僕が5、6歳の時です。  昭和10~20年代当時、札幌は無声からトーキーに切り替わる時期でした。「美登紀(みとき)館」や「遊楽館」「中央館」などでは、3本立てのうち2本は弁士付き、1本はトーキー。それがひとつの興行になってました。オヤジが一緒だと、タバコの煙がスクリーン前にフワっと広がってね。それが楽しみというと変だけれど…そんなことを覚えています。

札幌で一番大きい映画館「松竹座」は3階建て。劇場の前半分が畳で、後ろがイスの造りでした。上映が始まると、「ただ今こういう映画をやっています」という行燈が置かれていたので、途中でも作品が分かりました。あと、「松竹座」には、〝ホタル〟もいたんですよ。

佐々木/ホタル?

浦田/お客さんを案内するサービスガールのことです。短いスカートをはいたきれいなお姉さんが懐中電灯を持って足場を照らして、席まで連れていくんですよ。人によっては、この女性に心づけを渡すこともありました。「松竹座」の赤いカーペットの上を歩くと、なんだか特別な場所に来た気分になってね。  また、当時、映画館の外には〝呼び込み〟がいて、「さぁさ、いらっしゃい!」なんて声を張り上げるんです。呼び込みがうまいと、つまらない作品でもつい入りたくなっちゃうんです。

和田/昔のお化け屋敷みたいなものですね。

浦田/そう!面白いストーリーの部分を上手に話すので、子どものころはそれを聞きたくて映画館近くに行ったものです。「松竹座」には、うまい呼び込みがいましたね。  当時の映画館といえば、カーボンの匂いと、あとトイレの匂いが印象に残ってます(笑)。二流館だと、夜寒くなるんですね。マントの中に入ってよく観たものです。

和田/下足のお話も興味深いですよね。

浦田/そうそう、畳敷きだったので靴を脱いで映画館に入るんですが、下足番に靴を預けて、番号札をもらうんですね。映画が終わるとみんな一斉に帰るので、下足の争奪戦が始まる(笑)。子どもの私たちなんかはさっと行くんですが、要領の悪い人はかなりの時間待ってましたね。あと、館内には、キャラメルやおせんべいを売る売り子さんもいましたね。

佐々木/和田さんもその売り子をやったとか?

和田/いえいえ(笑)。私は20年ほど前、名古屋から弁士をお呼びして、大谷会館ホールを借りて上映会をしたことがあるんです、無声映画の匂いを彷彿とさせようと、女の子に着物を着てもらって、当時の売り物と同じアンパンやサイダー、ミルクキャラメルを販売して。

佐々木/反応はどうでした?

和田/すぐ売り切れましたよ!懐かしさで皆さん買ってくれたのでしょうね。ただ、凝りすぎて大赤字になってしまったのですけど(笑)

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次回に続きます。

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