石井輝男監督特集で、谷隼人さんが旭川出身・山本麟一さんの思い出を語りました

東京の名画座、シネマヴェーラ渋谷で石井輝男監督の十三回忌を記念した特集上映が行われています。「網走番外地」シリーズなどで知られる石井輝男監督は、2005年に死去、その遺志により網走の潮見墓園に墓が建てられた、北海道とゆかりの深い監督です。2日には「網走番外地・悪との対決」などに出演している谷隼人さんのトークが行われ、共演した高倉健さんや旭川出身の山本麟一さんの思い出を語りました。

石井輝男監督作品や、その出演者について語る谷隼人さん(左)。右は聞き手の下村健さん

石井輝男監督作品や、その出演者について語る谷隼人さん(左)。右は聞き手の下村健さん

谷さんは日活を経て東映に入社、「非行少女ヨーコ」に続いて、2作目として「網走番外地  荒野の対決」に出演。「石井監督からは、小芝居はいらない、と言われました。アクションシーンでも、納得いくまで動いてみろ、と俳優の泳がせ方が上手な監督でした」と振り返るとともに、「網走番外地・吹雪の斗争」では、出演者の安藤昇さんが、バスの中で出番をあまりに待たされたため網走から帰ってしまったという秘話を披露。「他の俳優は言うばっかりですが、安藤さんは男気の人ですから、周りが『なめられてますよね』なんて言ったんで、本当に帰っちゃった。でも石井監督は吹き替えを使ったりして撮影を続けました。高倉健さんと一緒の大事なシーンが残っていたので、健さんは『五分の芝居がしたかった』と言って怒っていましたね」。

話は「吹雪の斗争」にも出演している旭川出身の山本麟一さんに及びました。山本さんは明治大学ではラグビー部で鳴らし、1953年に東映入社。ぎょろりとした目でやくざ映画の悪役を数多く演じた名脇役です。「ラグビー野郎」(1976年、清水彰監督)では「ラグビー指導」としてクレジットされています。「ターザンみたいな人ですから、明治大学では相撲部も応援団も怖がったそうです。同じ明治の健さんは『先輩』と呼んでました。指が太くて電話のダイヤルに入らないとか、立ち回りは本気でやってくるとか、いろんなエピソードがある人です」。

谷隼人さんは、最後に石井監督について「遊びが好きで、『遊びを見せることで本質が見えてくる』と話していました」と、映画でも私生活でもダンディーを貫いた石井監督を偲びました。トークの締めくくりには、「網走番外地」をワンコーラス歌って喝采を浴びました。(理事・加藤敦)

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