開館6周年記念上映会「小林正樹の世界」レポート①

9/2(土)、札幌プラザ2・5で開催した
北の映像ミュージアム開館6周年記念イベント
「シネマの風景特別上映会
『北海道が生んだ、映画界の至宝! 小林正樹の世界』」。

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小樽出身の巨匠・小林監督の
「この広い空のどこかに」(1954年)
「いのち・ぼうにふろう」(1971)の2作品を上映し、
北海道新聞記者時代に小林監督にインタビューした経験を持つ
関正喜さんをゲストにお招きしました。

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午前・午後の部併せて約300人の方に足をお運びいただきました。
ご参加くださった方々、本当にありがとうございました。

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ゲストの関さんは、北海道新聞記者だった1993年秋、
小林監督をインタビュー。当時の取材内容を基に、
昨年岩波書店から発行された書籍「映画監督 小林正樹」の中で、
小林監督の生い立ちから、各作品への思いなどを語る
監督インタビューの章を丸ごと担当されました。

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この本の誕生秘話を含め、
小林作品の見どころ・魅力などを語った
貴重なトーク内容を、たっぷりとご紹介します。
(※午前・午後の部のトーク内容をまとめています)

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ご覧いただいた「この広い空のどこかに」。ブツブツ切れたりして、フィルムの状態があまり良くありません。実は、私と同じ、63歳のフィルムなんです。昔はフィルムをあちこちの映画館で回して、切れると映写技師がつなぎました。このフィルムも、全国の映写技師さんがつないだのでしょう。そうして旅してきた63歳のフィルムなんだなぁ…と思うと、なんだか愛しくなりました。

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「この広い空のどこかに」は1954年、小林監督5作目の松竹映画です。懐かしい、古臭い…皆さん、どういう印象を持たれたでしょうか。

この広い空のどこかに©1954 松竹

この広い空のどこかに©1954 松竹

劇中、佐田啓二さんと久我美子さんの夫婦が物干し台で魔法のボールを投げる、という夢物語的なシーンがあります。小林監督が「松竹という映画の中で自分なりに工夫してみようと思った」とおっしゃっていた、お気に入りの場面です。ある評論家から「甘ったるくていけない」と批判されたそうですが、佐田さんの息子・中井貴一さんはあの場面がとても好きで、「おやじとしてもあそこの芝居が一番いいんじゃないか」と話していたらしい。私もあのシーンには、戦後のいい時代を感じます。

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また、舞台は酒屋さん。奥の住居から店のやりとりを撮っていて、向こうに通りが見えます。何か見覚えないでしょうか。…「男はつらいよ」、寅さんですよね。松竹のDNAを感じます。

「いのち・ぼうにふろう」は、「この広い空のどこかに」の16年後、1971年に封切られました。「人間の條件」「切腹」「怪談」などを撮り終えた後の作品です。けれど、白黒映画です。

いのち・ぼうにふろう©1971 東宝/俳優座提携

いのち・ぼうにふろう©1971 東宝/俳優座提携

撮影を担当した岡崎宏三さんは、当時カラーよりも高価だったイギリスのイルフォード・フィルムを使いました。私も記者時代、あえてイルフォードのフィルムで写真を撮りました。なんともいえない、柔らかい黒白の色調が出るんです。写真と映画用フィルムはもちろん違いますけれど、岡崎さんがこだわったフィルムで撮った映画です。

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また、美術監督は水谷浩さんです。溝口健二監督の名画を担当した大美術監督で、彼にとって最後の作品になりました。「深川安楽亭」という安酒場、素晴らしいセットです。当時、横浜の路面電車が廃止になり、不要になった敷石を調達して、石敷きに活用したそうです。水谷美術の見事さを、ぜひ味わっていただきたいです。

出演する中村翫右衛門さんも隅から隅まで芸達者。小林監督自身、とても楽しんで撮ったという作品です。

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「映画監督 小林正樹」は、2016年12月、岩波書店から刊行されました。2016年は小林監督の生誕100年・没後20年の節目でしたが、これは小林監督についての初めての本になります。

会場待合室で「映画監督 小林正樹」を手にする関さん

会場待合室で「映画監督 小林正樹」を手にする関さん

実は、この本の企画を岩波書店に持ち込んだのは、私です。と申しますのも、北海道新聞記者だった1993年秋、小林さんのもとに10日間ほど通ってお話を聞かせていただきました。もちろん新聞に一部を連載しましたが、取材テープは37時間分あり、その後、私蔵する形になっていたんです。今回、本に収録するため起こし直したら、400字詰め原稿用紙1200枚分ありました。

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小林監督は、作品についてのインタビューは応じますが、ご自身の人生について語ることを全くしない方でした。ただ、子供時代からの資料はきちんと整理していた。今回、それを活用することができました。ほとんど、今まで表に出なかったものばかりです。

700ページ近くあり、税込み7500円くらいするので、「気楽に買ってください」とは言いにくいのですが(笑)、基礎資料や作品に対する主要論点をほとんどすべて盛り込み、幻の企画「敦煌」のシナリオも収録しています。

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ちなみに、編者の小笠原清さんは、〝地獄の現場〟と言われた小林監督の「怪談」、「化石」の助監督を務めていて、「東京裁判」の脚本構成もされた方。もうひとりの編者・梶山弘子(こうこ)さんは、「化石」「食卓のない家」のスクリプト(記録)担当者。人柄が大変良く、小林監督が遺品を全部託した方です。

本題に入ります。〝家族映画を撮る人〟としての小林正樹、という見方です。小林監督というと〝社会派の巨匠〟というイメージが付きまといますけれど、「家庭映画を撮った」という視点でみると、また新しい小林像が見えてくるのではないでしょうか。

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「人間の條件」全6部を1本と計算しますと、小林作品は全20本あります。記録映画「東京裁判」を除く19本のうち、私流の勘定によると、12作品が、家族に関する映画といえると思います。

まず、1952年のデビュー作「息子の青春」。タイトルから想像がつく通り、家族の映画です。「この広い空のどこかに」も家族の話ですし、「まごころ」「美(うる)わしき歳月」もそう。義理の息子が無残な殺され方をして…という「切腹」も、見方によっては、家族の映画です。「上意討ちー拝領妻始末―」もそうですね。うちの大事な嫁に何してくれたんだ!という。

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ちなみに「人間の條件」も、主人公・梶が荒野を彷徨って死にますが、その思いは「奥さんのもとに帰りたい」というもの。家族、夫婦の在り方を描いたと言えなくもない。

〝家族映画作家〟としての小林正樹という視点で考えると、濃淡こそあれ、映画で描かれる父親の在り方、夫婦の在り方は、生まれ育った小樽の家庭の雰囲気をとてもよく反映しています。これは、本作りを通じて感じたことですし、小林監督自身も繰り返し話されているのです。

会場ロビーには小林正樹監督作の貴重な資料がずらり

会場ロビーには「人間の條件」をはじめ、小林正樹監督作の貴重な資料がずらり並んだ

(つづく)

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