祝!ディノス限定復活!第1回シネマトーク「ディノス閉店に想う わたしのシネマグラフィティー」レポート

「ディノスシネマズHTB劇場」の話題を

昨日お伝えしたばかりですが(記事はこちら)、

祝!ディノス復活記念ということで、

6月15日に書肆吉成・丸ヨ池内GATE6F店で

開催されたミュージアム主催の新イベント

「第1回シネマトーク」の模様をご紹介します。

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テーマは「ディノス閉店に想う わたしのシネマグラフィティー」。

どうぞ!

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街並み画家・浦田久さん(以下、浦田)/私は昭和3年に札幌に生まれ、まもなく92歳です。子どものころから活動写真が大好きで、たまたま近所に美登紀館、日活館がありまして、さらに母がめちゃくちゃ映画好きで、無声映画の時代から見ていました。とにかく無声映画は面白かった! 各館で館付きの弁士がいて、それぞれ語り方が違うんですね。それに憧れて、真似した覚えがあります。

和田由美理事(以下、和田)/私は小樽で生まれて、小学6年まで倶知安・羊蹄山の麓で育ったんですけれど、やはり父親が映画好きで、毎週私を映画館に連れて行ってくれました。だから社長シリーズから大映の母娘いじめから何でも見ていました。その後、札幌に引越し、立派な映画館があって本当に幸せな映画経験をした記憶があります。NPO法人「北の映像ミュージアム」の事務局長を担当し、雑文も書いていますけれど、本職は昨年創立30年を迎えた出版社・亜璃西社の代表を務めています。浦田さんには、亜璃西社から出した「ほっかいどう映画館グラフィティー」の絵を全部お願いしました。札幌市内ほとんどの映画館をご存じの彼でなければ、この本は作れませんでした。

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広報担当・新目七恵(以下、新目)/私は1982年に生まれ、帯広で育ちまして、十勝・函館の地域新聞社を経て、現在は札幌でフリーライターをしながら「北の映像ミュージアム」に携わっています。「ほっかいどう映画館グラフィティー」では、ゆかりのある帯広と函館、それに旭川の映画館を取材しました。 ディノスとは札幌に来てから9年間の付き合い。平成の最後と令和の初めしか通っていないんです。お二人に比べて期間は短いですが、ディノス愛なら誰にも負けないと思っています!

和田/それではまず、浦田さんに札劇の昔の話を伺えれば。

浦田/私たちの子供時代は、「札幌劇場」というと芝居小屋です。映画館じゃありません。芝居の合間に映画が上映される、そんな印象でした。だいたい、いつ通っても札劇の前には一座の登りが立っていましたね。

和田/札劇で見た思い出の映画は何でしょう。

浦田/戦前ですか? その頃はあまり記憶にないんです。映画専門になってからもイデオロギーのしっかりした小難しい映画が多かった記憶があります。後半に入ると、そんなこともなかったですけれど。

和田/そうですね、私が1970年代に見たのは「燃えよドラゴン」に「エクソシスト」。難しい映画というより、怪奇なB級映画をかけるところでした(笑)

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浦田/溝口健二の名作「浪華悲歌」と「祇園の姉妹」をセットで上映していましたね。

和田/私は最初に映画の自主上映会をやったのがスガイの劇場で、地下にあった「テアトロポニー」を金曜日の夜9時から借りて、ATG映画を上映しました。当時はDVDやビデオがなく、見逃した作品を見るには16mmフィルムを貸りて映写機で観なければならない時代。寺山修司監督の「田園に死す」や大島渚監督の「夏の妹」、洋画なら「野いちご」なんかを上映しました。その頃高校生で来ていたのが今は映画評論家として活躍する塩田時敏さんで、「僕はあそこでロマンポルノに出会わなければ人生変わっていた」と言うんですが、それは彼の勝手でしょ(笑)。あそこで観客として見た作品もたくさんあって、「ジョーズ」や「激突!」など話せば尽きませんが、色々な媒体で書いているので、今度は若い方に話してもらいましょう。

新目/私はDVDで何でも見直せる世代なんですけれど、リアルタイムで名作を見ていないというジレンマを抱えていました。けれど、スガイに通ったことで、今を生きる映画ファンで良かった!と思えるようになりました。それは、万人受けしなくても私が「本当に好きだな」「めちゃくちゃ面白いな」「愛おしいな」と思える作品にいくつも出会えたからです。また、映画の自主上映チラシを置いていたり、個人で作る映画マガジンを扱っていたり、映画館としてのゆるい雰囲気が心地良かった。敷居が低くて、間口が広かった印象があります。閉館したことが今もショックなのは、あそこが単に映画を見る場所ではなく、“心のオアシス”のような存在だったんだと思います。それは、以前から芝居をかけたり、和田さんたちの自主上映に協力的だったという姿勢が今も息づいているのではないかと思いました。

和田/なるほど。それでは話がつながりそうなので、浦田さんに札幌劇場と中央館の精神の違いを紹介いただきましょう。

浦田/札幌の狸小路界隈には、1丁目に帝国座、2丁目に中央館、そして札幌劇場、遊楽館が固まってありました。その中でも前進的な作品、中身の濃い面白い映画を上映したのが、札幌劇場です。特に記憶に残っているのは、「風と共に去りぬ」「ピカソ・天才の秘密」「燃えよドラゴン」「ジョーズ」「灰とダイヤモンド」「戦艦ポチョムキン」「黒騎士」「さすらい」「巴里の空の下セーヌは流れる」「エクソシスト」「僕のおじさん」…。おそらく興行的には冒険的なプログラムが組まれていて嬉かった。そういう意味では、異色の大型劇場だったと思います。

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新目/ディノスは最後に「閉店祭名作上映」という特別ラインナップをしたんです。23作品を週替わりで上映したんですが、その中に「燃えよドラゴン」と「ジョーズ」が入ってました! 私も1番スクリーンで「燃えよドラゴン」を見ました。おそらく今までの上映作品から選んだのでしょうけれど、2000年代の新しい作品が多く盛り込まれたことも素晴らしかった。個人的には「シング・ストリート 未来へのうた」が嬉しくて、すでに見ていましたが、若い観客と一緒に映画館で堪能し、また泣きました(笑)。新旧雑多なディノスらしいラインナップだったと思います。

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新目/最近では「カメラを止めるな!」のロングラン上映が記憶に新しいですね。私は満席の1番スクリーンで見て、見終わったら拍手が沸き、映画祭のような熱気に驚きました。それから絶対外せないのが、大ヒットインド映画「バーフバリ」!ディノスは閉館前に「もう一度見たかったな」アンケートを来場者に取っていて、1位はこの作品。「閉店祭名作上映」とは別に、急きょ単発上映をして盛り上がっていました。 ディノスの面白さは、ヒット作を上映して終わり、ではなく、その関連作品をフォローしてくれること。たとえば「バーフバリ」なら、その原点という「マガディーラ 勇者転生」という作品も上映していて、インド映画好きの私はもちろん足を運んだんですが(笑)、観終わった後、外のポスター前でニヤニヤしていたら、隣に高齢の男性が立っていて、思わず「ご覧になりました?」と声を掛けたら「インド映画、最高だね!」と笑い合った、なんて経験をしました。名前も知らない他人同士が、同じ暗闇で笑って泣いて、去っていく。本当に、映画館の良さを体感させてくれました。移転予定ということなので、ぜひ1日も早く再開して、ディノス精神で色々な作品を上映してほしいです。

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和田/スガイのユニークさは、あそこから映画人を輩出したことかもしれないですね。「シネマロキシー」「シネマ5」が一時期名画座だった時にいらしたのが蠍座の田中さんでした。もう一つ、浦田さんが出資された伝説的なミニシアター「ジャブ70ホール」を作ったのも、やはりスガイの元社員。それは80年代の札幌における映画史のエポックだったと思いますし、ジャブで育った人がコアな映画ファンになりました。

浦田/あれだけ長い歴史を持った劇場でしたが、映画館につきものの火事はなかったですね。

和田/そうですね、いち早く鉄筋コンクリートにしたせいかもしれませんけれど。

浦田/大抵の映画館は火事が起きるんです。でも札幌劇場は防災管理がしっかりしていて、最後まで天寿を全うしたという感じですね。

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和田/札幌は、シアターキノを除くとシネコンだけになっちゃう。190万人都市でこれしか映画館がないこととは寂しいことです。最近はヒット作も増え、映画人口も増えている。シネコンではない商業館が、見やすい場所にできるといいなと思います。

浦田/ぜひ札幌劇場の素晴らしいスピリッツを残してほしいですね。

和田/何でもやる精神というのでしょうか。映画に差はありません。好きな映画を観れる自由さは大事ですよね。

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以上です。そんなディノスが9月4日から5日間限定復活!

ぜひHTBへ足をお運びください。

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