若き山田昻さん、竹岡和田男さんの思い出

紅葉もようやく深まり、冬の気配が近づく札幌です。

さて、先日、ミュージアムに

若き日の山田昻さん&竹岡和田男さん

を知る方がお越しになりました。

札幌にお住まいの牧野茂さんです。

「ようやくここに来れました。

随分苦労していましたよね・・・」と

感慨深げに見学されていたので、尋ねたところ、

山田さんの小樽高等商業学校

(現・小樽商大)時代の同期生とのこと!

さっそく、その思い出を伺いました。

「山田君とはグループ活動が一緒で仲良くなってね。

学生の頃から話が面白くて、人付き合いも良くて。

仲間内では独特な存在でした」とか。

2人は卒業前に、学徒動員で戦場へ。

牧野さんは樺太に派遣され、

何とか日本に戻り、同窓会で山田さんと再会。

その後も、気の合った仲間で

毎月木曜日に集まる「イチモク会」を続け、

山田さんが亡くなる直前まで交流を深めていたそうです。

「振り返ると、貧しい学生時代から

山田君は映画を熱心に観ていました。

でも、まさか映画会社に入って

このような活動をするとは・・・」と懐かしげ。

山田さんに誘われ、「北の映像ミュージアム」の

前身となる活動にも参加。

竹岡和田男さんの講演会も行ったことがあるそう。

実はこの牧野さん。

竹岡さんとは、その前からのお知り合いでした。

そのきっかけは、高校演劇。

昭和30年代初めのころ、牧野さんは

北海道の高校演劇連盟事務局長としても活動。

当時、各地の演劇大会の審査員を務めたのが、

道新文化部記者だった竹岡さんだったのです。

「熱心に参加してくださいました。文化部の記者らしい方で、

若いけれど、意見はシャープな感じでした」とのこと。

ミュージアムの展示コーナーの写真を見て、

「竹岡さんはもっと若い頃の印象ですけれど、

いい写真ですね。山田君はそのままだなぁ(笑)」とか。

ミュージアムの礎を築いた竹岡さんと、山田さん。

二人の人柄が、ミュージアムに人を引き寄せています。

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