函館出身・佐藤泰志ドキュメンタリー先行上映レポート!

5回芥川賞候補になりながら、受賞ならず、

1990年に40歳の若さで亡くなった函館出身の作家・佐藤泰志。

彼の生き様に迫るドキュメンタリー

「書くことの重さ 作家佐藤泰志」が完成しました。

11月の札幌公開に先立ち、6日(火)キノで行われた先行特別上映会での

稲塚秀孝監督と加藤登紀子さんのトークをご紹介します。(以下、敬称略)

稲塚/私は苫小牧出身で、佐藤泰志とはほぼ同世代なんです。第5回有島青少年文芸賞優秀賞に選ばれたものの、道新への掲載を拒否された「市街戦の中のジャズメン」を「北方文芸」(「市街戦のジャズメン」と改題)で読み、同じ高校生として凄まじい筆力だ!と感じました。手紙のやりとりを何度かしたことがあり、亡くなった後も心に残っていたんです。ずっとテレビの世界にいましたが、今回、この記録映画を作ることができて、彼の実人生にどれだけ迫れるかは分かりませんが、こうして観ていただけて嬉しいです。

加藤/私は、映画のドラマ部分で佐藤の母役を演じています。私は佐藤さんより6才年上なんですね。それで今回、初めて佐藤さんの作品を読み、20代の古いモラルを捨て、新しい生き方、自由を求めた若者が描かれていて、分かる!と新鮮な思いでした。

佐藤さんの母親は、佐藤さんとガラリ違って時代の古い人。青函連絡船を使って青森から米を持ってくる「担ぎ屋」の仕事をやっていました。写真で拝見しただけですが、大陸的で力強く、がっしりした方。小柄な私はソックリにはなれませんが、雪の舞う寒い季節に、函館で、実際に60㎏の重い荷物をリヤカーで引くという滅多にない経験をさせてもらいました。函館ロケは、『居酒屋兆治』以来なので、懐かしかったです。

戦後生まれの佐藤は、(母親たち世代の)古さ、重さをかなぐり捨てて、自分の存在証明を探す若者たちの小説を描いていますが、母親の持つ意味を考えると、当時の担ぎ屋たちの連帯感や、市場での昔ながらの会話は、佐藤の周辺に常にあったはず。でも、彼は対立してあがき、とうとう亡くなってしまうわけですけれど、そうした対比が描けたのではないかと思います。

稲塚/実際の担ぎ屋さんたちは、200㎏以上の荷物を運ぶこともあったそうですね(「え!そんなに重かったんですか!!」と加藤さん)。彼らが運ぶのはヤミ米なので、立ち入りが入れば没収されるというリスクの高い仕事でしたが、佐藤はそんな仕事を続ける両親を尊敬し、リスペクトの言葉を残していることは、同世代としてステキだと思います。

また、友人との交流から、友情のあつさも分かります。彼は小説だけではんく、手紙やハガキのやり取りにも力を注ぎました。3年前には『海炭市叙景』が、来年には『そこのみにて光輝く』が公開されるこのタイミングでこのドキュメンタリーができたことは偶然ですが、こうして観てもらえてうれしいです。

以上です。

映画では、佐藤泰志本人の映像も出てきてビックリ!

彼の朴訥とした語り口や、その肉声を聞くと

改めて彼の遺した小説を読み直したくなりました。

映画は11月9日(土)~15日(金)にシアターキノで上映!

公式サイトはコチラです。

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