「シネマの風景 特別上映会」レポート②~桜木紫乃さんトーク(1)

北の映像ミュージアム開館3周年記念

「シネマの風景 特別上映会」(9月13日)。

映画「挽歌」の上映前には、直木賞作家の桜木紫乃さん(写真左)が登場!

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北海道新聞記者・寺町志保さんとトークを繰り広げ、

原作小説や出身地・釧路への想いを語っていただきました。

軽妙なそのトーク内容を、たっぷりご紹介します。 (以下、敬称略)

* * *

桜木紫乃(以下、桜木)/今日は「挽歌」のお話をさせていただけるということで、大変楽しみにしてまいりました(会場拍手)。映画を観るのに前から3列目までは損だと思うので、そこまでは間違いなく私のファンということでしょうか(笑)。4列目はどうですか?(拍手!) ありがとうございます(笑)。今日は精一杯楽しい話をしたいと思います。

寺町志保(以下、寺町)/桜木さんとは12年前、「雪虫」がオール讀物新人賞を受賞されたときに、当時文芸部だった私が「おめでとうございます!」と電話をして以来のお付き合いです。不慣れな点もありますが、よろしくお願いします。

桜木/二人で足すと来年100歳のガールズトーク(笑)、楽しんでください!

寺町/会場には幅広い年代の方がいらっしゃるようですが、映画「挽歌」を初めて見る方は?(半数以上が挙手) では、原田康子さんの原作小説を読んでいない方は?(これまた半数以上が挙手) …そうですか! 私たちが今日話す甲斐がありますね(笑)。桜木さんが映画「挽歌」を初めてご覧になったのは?

桜木/30代、釧路の図書館のイベントで上映されたときでした。

寺町/私は今回初めて観ました。昭和32年のこの映画、主演の久我美子さんは当時26歳! 輝くばかりの年頃ですね。高峰三枝子さんは当時39歳、森雅之さんは当時46歳だそうです。

桜木/オイシイ年代ですね!

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寺町/映画に出てくるのは、昭和30年代の釧路の町。この夏、改めて釧路に行ったところ、風景も歴史も非常に立体的に、積み重なって見えました。久我さんが何度も上り降りする「相生坂」が旧市街の高台にありまして、急斜面なので雪で滑らないように手すりがあって、木々が覆いかぶさるように生えていて。映画の趣きが残っています。そこから見下ろす景色も、「映画で観たロータリーだ!」と思ったり、濃厚なものでした。桜木さんも最近、BSの仕事で「挽歌」の舞台を旅されたそうですね。

桜木/はい。その中で、高峰さん演じる「桂木夫人」の亡くなる釧路川のふちに行ったんです。そこで私、「ここで入水自殺したんですね」とコメントしたんですが、実は原作は「夫人はその川縁でカルモチンを飲んだのである」。読んでいるはずなのに、なぜか入水自殺したとばかり勘違いしていて、オンエアで原作の朗読を聞いて「嘘言ってるじゃん!」と泣きそうになりました(笑)。読み込んでいるはずのお話でも〝自分の風景〟にしちゃっているということですね(苦笑)。

寺町/釧路の高台には図書館がありますね。港が眺望できる大変素晴らしいロケ-ションで、ここで青春を送ったらどれだけ夢が膨らむだろう…と思いました。その図書館には原作者・原田康子さん直筆の原稿もあるそうですね。

桜木/原田さんの生原稿を拝見できたことは、大変な収穫でした。原稿は箱に入っていて、司書の方が恭しく持ってきて、手袋のまま一枚一枚めくってくれました。「手袋はいてやるんだね~!」と私が感心したら、同行した東京のプロデューサーの方に「手袋を『はく』と言うんですね」と返されましたけれど(笑)。

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その原稿を拝見したら、最初と最後の行が文庫と同じだったんです。普通、700枚の原稿を書くと、最初のもたつきを赤でカットしたりするんですけれど、原田さんは「頭にあるものをきちんと手から出していく」という作業をきれいになされていたんですね。「挽歌」を書かれているとき、原田さんのお気持ちは物語のためだけに存在していたことがよく分かりました。また、気持ちの走った走り書きもなく、ずーっと同じ文字なことにも驚きました。27歳の小説家になろうという人の〝情熱〟を感じましたし、書き手がいちいち泣いたり笑ったりしていては物語のためにならないことを、改めて知る機会になりました。

寺町/原田さんは戦後、21歳の時に東北海道新聞の記者になり、5年ほど勤めてご結婚なされて辞め、その後取り掛かったのが「挽歌」です。映画の中の釧路は昭和30年代ですが、桜木さんの生まれ育ったころは?

桜木/私は昭和40年代生まれ。物を書いていく上では、5歳から15歳くらいの間に見聞きしたものが大事だと思うんですけれど、そのころ見た釧路の町は、(昭和30年代と)そんなに変化はなかったと思います。漁業や石炭でにぎわっていて、日曜日となれば「北大通」を歩いて「丸三鶴屋」という百貨店やデパートに行ったり、まんじゅう屋に寄ったり、少し足を伸ばして「金一館」へ行く…なんていう暮らしが、まだ残っていました。「出世坂」から見ると、人の頭がずらっと4列に並んでいる光景を覚えています。

寺町/4列とは凄い光景ですね! 先日行った町の雰囲気からは想像もつきません。

桜木/今では人が通るかどうか…。ただね、釧路の町に行くたび、そして今回BSのお仕事で3日間旅をしてみて、改めて釧路をきれいな町、美しい町だと思いました。たとえば、誰もいない北大通を、街灯がポツンポツンと照らす風景。誰もいない川の岸を、異国情緒たっぷりな街灯がまるで金モールのように両側から照らす景色…。あぁ、町って、こういう風に美しく老いているんだ、と感じました。今は郊外に人が移りましたけれど、昭和30年~50年代、少し元気があった時代を思い出させてくれるだけでも、老いる価値があるのではないでしょうか。

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寺町/その釧路の町の〝原型〟は、これから映画でじっくり見ていただくとして。桜木さんは14歳のとき、「挽歌」を手にしたのが初めての小説体験ということですが…。

桜木/「遅い!」って、先輩の女性作家さんにハッキリ言われましたけれど(笑)。

寺町/新潮文庫の「挽歌」の帯に、「初めての小説体験。生まれた街の景色を変えた一冊です」と桜木さんが書いておられます。文学少女に生まれたら、大好きな作品の帯を書いてみたい!…とは思わないかもしれませんが(笑)、すごいことですよね!

桜木/光栄でした。担当が同じというだけで回ってきた仕事だったんですけれども(笑)。

(つづく)

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