「シネマの風景 特別上映会」レポート③~桜木紫乃さんトーク(2)

北の映像ミュージアム開館3周年記念

「シネマの風景 特別上映会」(9月13日)。

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直木賞作家の桜木紫乃さん×道新記者・寺町志保さんによる

「挽歌」にまつわるトークの続きです。 (以下、敬称略)

* * *

寺町/初めての小説体験を詳しく教えていただけますか。

桜木/14歳のころ、実家の1階は床屋と住居。2階がアパートだったんですが、就職で出て行った大学生の部屋を掃除に入ったんです。段ボール箱が置いてあり、少し離れたところに一冊だけ「挽歌」の文庫本がありました。ちょっと読んだら、なんと、自分の生まれ育った町が舞台ではないですか! 掃除もせず、夢中になって読みました。すると次の日から、不思議なことに、今まで何気なく目にしていた町の景色が違って見えたんです。あぁ、これが小説なんだ、と思いました。これが、私の小説体験です。遅かろうが早かろうが、始まりは「挽歌」なんです。

寺町/「違って見えた」というのは、物語のヒロインたちが一緒に歩いているような感じですか。

桜木/ちょっといい雰囲気の大人の女性は「兵藤怜子のモデルかも…」、格好いい男性は「桂木さんかも…」と(笑)。そんな妄想が高じると、こうなっちゃうという悪い見本ですね(笑)。小説は、読んだ後に景色を変える。だから私も、「何かが変わればいいな」と思いながら書いています。

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寺町/私、釧路の帰りに帯広の屋台村で飲んでいたら、釧路から来たという方が、桜木さんの作品について全く同じことを言っていましたよ!

桜木/そうですか! ひとマスひとマス埋めたものを、そうして読んで下さるのはとてもありがたいです。

寺町/それにしても、14歳の女子中学生の目に、〝小悪魔〟怜子ちゃんと、煮え切っているのか煮え切らないのかわからない…既に私の価値判断が入ってますけれど(笑)桂木さん、そして桂木夫人の関係は、どう映ったのでしょう?

桜木/さっぱり分からなかったです(笑)。だって、景色を読んでいたんですもの。それが童話なら童話の方面に進んだかもしれませんが、原体験が「挽歌」なもんだから男と女を書くことになってしまい…いえ、別に原田さんのせいではありませんが(笑)。なんでしょうね、「男と女ってこうなんだ」という〝刷り込み〟ですね。

寺町/14歳の時点で?

桜木/ええ。「男と女は悲しいんだ」ということ。今なら言語化できるんですが、当時は何となく「ハッピーなことばかりではないんだな」という感覚でした。

寺町/怜子ちゃんのように男性を振り回してみたい、とは?(笑)

桜木/なかったですね(笑)。だって私、その後ホテル屋の娘になっちゃったもんですから。まるで恋愛小説を後ろから呼んだようなもので。ロマンチックな大人の男と若い女の心の揺れ動きから、一気に「あ、こんな匂いするんだ…」というところに行ってしまって、〝中間〟がなかったんですね。現場を見たことなくても、男女が汚した跡を見て、まるで〝踏んだ後のタンポポ〟ばかり見てきた、みたいな…。

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寺町/確かに、初めて読んだ恋愛小説は、その後の恋愛観に影響を与えますよね。

桜木/年下に惚れたことがありません(笑)。

寺町/それを〝挽歌後遺症〟とするならば、好きになった人に子供や奥さんがいたら、どうしましょう?

桜木/好きになった責任を取りますね。好きになることにも責任があると思います…あ、会場がシーンとしちゃった(笑)。

寺町/「挽歌」には色々な形の恋愛が描かれています。冷めてしまった夫婦の愛、若い男と美しい熟女の恋、初々しい若者の恋の真似事もあれば、ヒロインの若い女性と中年男性の愛も。果ては、若い娘から、今でいう〝美魔女〟に対する恋も描かれていますね。

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桜木/そうですね。女性同士の間にどんな感情が芽生えるか、ということも、問うていると思います。怜子は桂木夫人に対し、「ママン」という呼び方をします。あれは、原田さん特有の「ママン」。怜子は桂木夫婦の中をかき乱す、〝台風の目〟のような存在になるわけです。

寺町/私が読んだ時は、そのママンに対する恋というのが、何となくピンとこなかったんですけれど…。

桜木/色々な感情を「複雑」と言ってしまえば簡単ですが、私は「好奇心」という言葉を当てたいです。その「好奇心」が何歳まで許されるのか、という問いかけもしていると思います。だからこそ物語の終盤、ヒロインの怜子が修学旅行生をK温泉で見たとき、「少女たち」という言葉を使い、「自分はもう少女ではないのだ」という〝気づき〟を表現しています。原稿700枚を使って、少女から女になり、〝気づき〟まで書く、ということが、変わらぬ小説の仕事なんだと思います。

寺町/今読み直しても、全く古びないですね。

桜木/男と女のことって、時代が変わってもそんなに変わらない、と50歳を前にして思いますが、会場の皆様どうでしょうか…。あ、頷いてらっしゃる方がいる(笑)。寺町さんは今回、原作を初めて読んで、八木義徳さんの解説に「(怜子の愛は)不倫の果てに終わったのである」とあることにショックを受けたとか。なぜ?

寺町/そうはいっても、続編があれば、あの二人は続いているのでは…と思っている自分にショックを受けたんです。

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桜木/ピュアだな~! この景色の中で育った私は「終わりだろう」と思いました。だって北海道の女の場合、向こうも傷を持ってるし、こっちも傷持ってるし…めんどうくさいし、やってられない(笑)。

寺町/それ、北海道に風呂敷広げてよかったですか?(笑)

桜木/ごめん、道東です(笑)。理由は、流れ者が多いから。だって、漁業に炭鉱にパルプだもの! 流れる流れる(笑)。しかも男は、小金が中金になったら商売始めるでしょう。あるときぶち切れて、守りに入らない。そんな男たちを見ていると、期待しなくなるんですね(笑)。

寺町/桜木さんは以前、道新の旭川版で映画評を書いてらっしゃったほどの映画好き。普段はどんな風にご覧になっているのですか?

桜木/著作権のある身になったので、DVDは必ず買って観ることにしています。それも、一本書き上げた〝ご褒美〟にこれを一日中これを見るぞ!という感じ。次に進むためのステップですね。

寺町/ちなみに今、楽しみにしているのは?

桜木/「仁義なき戦い」! 最近DVD化された「離婚しない女」も待機中です。好きな映画は何度も見ます。

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寺町/そんな映画好きな桜木さんの、釧路を舞台にした作品「起終点駅(ターミナル)」が映画化されることになり、今まさに釧路で撮影されています。ロケをご覧になったそうですね。

桜木/佐藤浩市さん、本当に色っぽい、いい男でした!

寺町/佐藤さんは、最果ての地で、すべてを断ち切って孤独に生きる元弁護士の役ですね。

桜木/あのうらぶれた感が、私にとっての「桂木」の行く末なんだなぁ…。

寺町/小説になることで町の見え方が変わるというお話でしたが、映画になるとまた一段変わりますね。

桜木/新しいものになると思います。書き手の〝終点駅〟が、映画人の〝起点駅〟なんですよね。そうやって、物語は育っていくんだろうと思います。きっと「挽歌」が映画になったとき、原田さんも「育ててもらってる」という感覚があったんじゃないかな…今ようやくそこに立つことができました。ありがたいことです。

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寺町/映画に出ませんか、というお誘いもあったとか。

桜木/あったんですが、断りました(笑)。だって、ハラハラしたくない(笑)。いい映画は、最初から最後まで客席で楽しみたいんです。これは新しい「起終点駅(ターミナル)」。長谷川康夫さんが担当された脚本も、当然私の小説と違います。映画人の仕事って素晴らしいですね。本を読んでも、映画を観ても、楽しめる作品になると思います。

寺町/監督は「真夏のオリオン」の篠原哲雄さん。来年の秋、公開ですね!

桜木/すごく熱の入った現場でした。主人公の事務所のセットを見せてもらったんですが、「うわーすごい!」と思ったら、後ろは青ビニール(笑)。映画って、嘘つきだなぁと思いました。嘘と言う点では、小説も同じですが。あと、ストリッパーもそう(笑)。

寺町/「挽歌」の小説から58年、映画化から51年。釧路を舞台にした桜木さんの作品が新たに映画になることで、北海道・釧路の町の見え方がどう変わるのか。楽しみにしています!

(トークおわり)

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