呉美保監督インタビュー!

第38回モントリオール世界映画祭で最優秀監督賞を受賞した、

函館が舞台の「そこのみにて光輝く」(呉美保監督)。

そこのみ1
(C)2014佐藤泰志/「そこのみにて光輝く」製作委員会

第87回アカデミー賞の外国語映画賞部門出品も決まり、

ますます注目が集まっています。

その呉監督の次回作は、小樽ロケの「きみはいい子」!

今夏、撮影を終えたばかりの監督に、

ミュージアムの高村賢治理事が突撃インタビューさせていただきました!

* * *

高村理事(以下、高村)/北海道を舞台にした作品は、今年6本、アニメも2本ありまして、そのうちの一作が、函館で撮影された監督の「そこのみにて光輝く」です。映画の作り手として、ロケ地・北海道は特別魅力的に感じるのでしょうか。

呉監督(以下、監督)/個人的に北海道は大好きですけれど、映画を作ることに関して、とりたてて〝贔屓〟しているわけではありません。「そこのみにて光輝く」の場合、原作者の佐藤泰志さんが函館出身で、小説も函館をモデルに書かれたものですから、撮影場所も函館以外ではありえなかった、ということです。 今回の「きみはいい子」は、原作の舞台が「坂のある街」。そこに、おばあちゃんが住んでいたり、子供たちが住んでいたり、新しい家、古い家が混在していて、大きなマンションや埋め立てられた場所がある、という設定です。そういう、ある種「どこにでもある街」の、普遍的な部分の表現が必要だと思いました。 「どこにでもある街」がテーマではありますが、映画ならではの印象的な「画」にしなければいけません。そこで、全国各地の「坂のある街」をリサーチする中、小樽を選ばせていただいたというわけです。

高村/具体的に小樽のどんな点が良かったのでしょう。

監督/新旧の市街地の中に、ほどよく坂道がある雰囲気。昔からいろんなものを寄せ集めて、ペタペタと貼り尽くした街としての風情が気に入りました。さらに、マンション群がある場所にもう動かない観覧車があって、それも決め手になりましたね。

高村/「そこのみにて光輝く」を観たとき、非常にフランス映画のタッチに近いな、と感じました。フランソワ・トリュフォーの「柔らかい肌」やレオス・カラックスの「ポンヌフの恋人」などを、もしかしてお好きなのでしょうか。

監督/そんなに思慮深くないです(笑)。けれども、もちろん作品も見ていますし、大好きですよ。今回の場合、スタッフたちと(主演の)綾野剛さんのどこか浮世離れしたような、人を惹きつけるような魅力を引き出そうとしました。その結果のカメラワークやライティングが、そういう世界を創り出したんだと思います。たとえば、トップカットで綾野さんに寄ったのは、観客をグッと掴むため。言わば、綾野ファンへのサービスショットと言えるかもしれません(笑)。

高村/なるほど。あと、サウンドも素晴らしかったです。たとえば海の音だけ聴こえる中、会話があるかないか・・・というような浜辺のシーン。あの辺は、フランソワ・トリュフォーの「大人は判ってくれない」のラストシーンにも通じる気がします。

監督/言われてみれば、という感じですね。特定の映画を意識はせず、感覚的に「このシーンはこういう気持ちをこう撮りたい」と伝えています。ただ、あのヒロインが住む海辺は、ヨーロッパの鄙びた雰囲気だな、と感じました。対する主人公の男が住む繁華街は、アジアの香りがして、そういう差はつけられるんじゃないかという話はしました。

高村/そうですか。また、面白いなと思ったのは、食べ物のシーンです。「そこのみにて光輝く」の場合は、チャーハンに始まり、焼肉などが出てきて、「食」が「人と人を結びつけるポイント」のように描かれています。今回の「きみはいい子」も、原作ではホットケーキなどの食べ物が出てきますね。

監督/確かに、それは意図しています。下手なセリフよりも食べ方や食べ物を撮る方が、キャラクターを描けることがあるんですよね。私自身、食べ物が映画で出てくると、観ていて楽しいんです。お腹が空くということは、生きているということですから。 今回(「きみはいい子」)なら、学校の給食とか孤独な老人が食べるご飯、家で作るホットケーキ・・・そういうものがまさに、人の育ちを表すことになると思います。様々な立場の人が登場するので、その多面さは食べ物で表現できる面もあると思います。

高村/今回は、家庭崩壊や友達関係、家庭内暴力などたくさんのテーマが散りばめられていますが、それをどのように訴えるのでしょうか。

監督/確かにこの作品は、虐待、ネグレクト、学級崩壊、認知症、自閉症などの社会問題を扱っていて、すごくヘビーなことに私自身挑戦しようとしていると思います。けれど、それらを仰々しく問題提示するとか、警告するようなつもりはありません。その原因を問い詰めたり、悟ったように解決策を説明しても、観客の心には響かないと思うんですね。ただ、そういうことを考える中で、ひとつのヒントが、原作には詰まっていると思うんです。それは、「人は、人で救われる」ということ。本当に辛くてしんどい時、人は、誰かの言葉だったり、誰かとの関わりの中で救われることがきっとある。ささやかなことですが、そうなれたらいいな、というところまで、映画で表現できたらいいなと思っています。

高村/ありがとうございます。余談ですが、戦前から現在まで、北海道で映画を撮った女性監督は呉監督で9人目なんです。第一人者は「乳房よ永遠なれ」の田中絹代さん、次は「遠い一本の道」の左幸子さん。最近は「ハルフウェイ」の北川悦吏子さんなどがいます。中でも、北海道ロケを2本撮ったのは、「しあわせのパン」「ぶどうのなみだ」の三島有紀子さんに次ぎ、2人目なんです。ということで、最新作「きみはいい子」、楽しみにしています。

監督/ありがとうございます。小樽は、消火栓や煙突など、見る人が見れば「北の街の風情だな」とわかるくらいに登場します。それが「北の街」であろうが南だろうが、誰にでも起こり得る普遍的な感情の揺らぎを描くつもりです。

監督スチール

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