「こっぱみじん」の砂川出身、田尻裕司監督インタビュー①

先日ミュージアムにお越しくださった

砂川出身の田尻裕司監督。

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最新作「こっぱみじん」が、札幌シアターキノで

11月22日(土)から28日(金)まで上映されます。

koppamijin

※映画の公式サイトはコチラ

子どもの頃から映画の話題まで、

1時間にわたったインタビューを2回に分けてご紹介します。

* * *

―よろしくお願いします。まずはそもそも、映画監督になろうと思ったきっかけは?

子どもの時から映画ばかり見てました。といっても、映画館に行くお金はなくて、年に1本程度。当時砂川には3館あって、初めてスクリーンで観たのは確か7歳の頃、「シネマパレス」で「名犬ベンジー」だったはずです。

―ということは、何で映画をご覧に?

毎日テレビで映画を観てたんです。小1の時から「週5日は夜11時まで起きていい」という親の了解を得まして。その頃は淀川長治さん、荻昌弘さん、高島忠夫さん、小森のおばちゃま、水野晴郎さんが解説していて・・・

―黄金期ですね!

高校卒業まで、ほとんど欠かさず観てました。1970年代半ばの当時、多かったのは外国映画ですね。好きだったのは、西部劇やアメリカのパニックムービー。「タワーリング・インフェルノ」「ポセイドン・アドベンチャー」なんか毎年放送されるので、毎回観てました。チャールズ・ブロンソンとかスティーヴ・マックイーン、クリント・イーストウッドなどスターの出るアクション系の映画も好きでした。

―なるほど。

その後、今度は日本で角川映画が始まり、僕は自称〝角川映画っ子〟と言うほどハマりました。とくに「角川3人娘」の原田知世さんが大好きで、ポスターを盗んだ覚えも・・・(笑)。

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―そうですか(笑)。映画好きの少年が、監督を目指したのは。

話は戻りますが、僕は小さいころからかなりの「空想家」で、頭の中で物語を作るのも好きでした。小学校時代は、夕方家に帰るとひとりで8個のぬいぐるみと一緒に遊んでたんです。「ちきしょう!」「やられたー」とか、ひとりで8役をやって(笑)。それで、中学生になってぬいぐるみ遊びに飽きて、脚本を書き始めたんです。高1のとき、8ミリカメラを持つ友達と出会って、書きためていた脚本を読んでもらい、「映画を作りたい」と相談しました。

―いよいよ映画作りを始めるわけですね。

一本目のタイトルは、「ヒルの陰謀」。「ヒル」という怪物を倒すアクションものです。友達をもうひとり誘って悪役をやってもらい、カメラマンの友達が正義の味方に。8ミリのフィルムに目打ちで1コマ1コマ傷をつけて、スぺシウム光線とかを出したりして。

―面白いですね!

コマ撮りをすれば、空も飛べるんです。撮影は、すごく楽しかったですよ。先生に頼んで、同級生に協力してもらって、授業のシーンも撮影しました。2年生になった頃に完成して、1年生の時のクラスメイトを集めてお披露目したんです。

―それは盛り上がったでしょう。

それが、アクションものなのに女子が感動して泣いちゃって。

―えぇ!なぜですか。

1年生の時のありふれた生活を懐かしんで、思い出し泣きしたんですね(笑)。僕もそうだとは思ったんですが、拍手も出るし、あまりに好評で、有頂天になっちゃった。自分の作ったものでこんな感動してくれたことが嬉しかった。それが、監督をやろうと思ったきっかけです。

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―素敵なエピソードですね。監督はその後、獅子プロダクションに入社され、佐藤寿保、瀬々敬久監督などの助監督を務めたのち、1997年にデビュー。代表作「OLの愛汁 ラブジュース」をはじめとするピンク映画のほか、ホラー、Vシネなど様々な作品を手掛けられ、仲間と立ち上げた映画製作会社「冒険王」での第一作目が「こっぱみじん」ですね。今回、純粋な恋愛ものを作りたいと思った理由は。

ここから自分の子どもの話ばかりになりますが(笑)

―どうぞ、どうぞ!

2010年9月に子どもが生まれて、12月に脚本を頼んだんです。実は僕、それまであまり幸せに満ち足りたことを感じたことがなかったんです。

―幸せに満ち足りたこと、ですか。

若いときは借金もあって、食べるものにも困るような貧乏暮らしも長かったですし、ずっと好きだった人に何度も振られて結局そのままですし、本当は日本大学映画学科の監督コースで学びたかったんですがそれも不合格。人生、あまり望み通りに進んできてないんです。唯一、映画監督になれたことだけ叶いましたけれど、それ以外のことはほとんどダメでした。そんな、何もいいことがない状態の時に子どもが生まれて、それなのに、急に人生バラ色になったんです。

―バラ色に!

なんか、子どもと母親の姿を見ているだけで、ものすごく満ち足りた気分になって、自分でも驚いたんです。なんでこんなに幸せなんだろう、と。

―はい。

もちろん、子育ては大変です。生まれて最初の頃は、僕がおむつ替えから夜泣きまでかなり面倒をみたので、その時は必死でした。けれど、母親がおっぱいを飲ませている姿を見たり、子どもの様子を見ると、もう人生バラ色に思えてしまって。言葉は悪いですけれど、子どもができただけで、こんなに人生逆転するなんて思わなかった。なので、そういう内容の映画を作りたいと思ったんです。

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(C)冒険王

―なるほど。

人生、望んだことは大体うまくいきません。挫折や失敗を繰り返して、けれども、それでも幸せになれる道は必ずあるから。という映画を作りたかったんです。そんなことを、子どもを見ながらずっと考えてました。

―はい。

それで、映画の題材を考えた時に、誰でも経験することは何だろうと思って、やっぱり、「好きな人が自分を好きになってくれない」とか、別れとか、そういう内容であれば普遍的な話になるのではないかと思ったんです。「恋がうまくいかない、だけど幸せ」という感じが残るストーリーを書いてくれ、と脚本家の西田直子さんに言いました。

(つづく)

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