砂川出身の田尻裕司監督、
映画「こっぱみじん」への思いを聞く
インタビュー後編をどうぞ。
* * *
―作品作りでこだわった点は何でしょう。
嘘くさくなったらこの映画はだめだと思って、そうならないためにはどうすればよいかをとにかく考えました。
―それで。
俳優は全員オーディションで選んだのですが、リハーサルの時にこう伝えたんです。「カメラは手持ち。ライティングはせず、自然光を使います。音楽も効果音も一切使いません。なので、皆さんは現場でどう動くか考えてください」と。
―俳優さんに演技を委ねたのですか。
ライトがあると、その中で芝居しなければなりません。でも、手持ちカメラなのでどこまでもついていけます。役者さんに全部考えてもらい、僕が腑に落ちない時だけ、質問をする。そうして進めていきました。
―そうした演出方法はこれまでも?
いえ、初めてです。でも、もともと試してみたかった方法ではあります。「ドグマ95」という、デンマークの映画運動があって、そのやり方のひとつなんです。
―ドグマ95、ですか。
ラース・フォン・トリアーやトマス・ヴィンターベアらの監督が始めた運動で、ハリウッドのような大規模なきちんとした照明ができないのなら、いっそやめてしまおう、という。(※ドグマ95の公式サイトはコチラ) あと、「少年と自転車」や「ロゼッタ」のダルデンヌ兄弟の音楽効果のないドキュメンタリータッチの映画にもあこがれていました。僕も、予算規模によってしょぼい照明が嫌いで、だったら当てるなと、いつも撮影部や照明部に言っていましたし。
―念願の手法ということですね。手応えは。
驚いたのは、僕の思っていたよりはるかに地に足がついた演技だったこと。ロケをした群馬県桐生に、実際に居る感じがするんです。それまでの作品とは違う、異質ともいえる演技だったので、この方法が効いたのかな、と思います。
―札幌ではシアターキノで、11月22日から上映されます。故郷北海道での上映、いかがですか。
僕は18歳の時、「有名な監督になるまで帰ってこない」と友達に宣言して北海道・砂川を出たんです。実際は、数年後にホームシックで帰りましたけれど(笑)。その時、「意地を張らないで、有名になる前でも、もっと帰ってきていいよ」と書かれた手紙を友達の女の子からもらいました。
―うわー、泣きますね。
泣きました。でも、その後も15年間ぐらいほとんど帰りませんでした。僕には夢が3つあって、そのひとつが「北海道で上映すること」。自分にとって、「有名な監督」の条件だったんです。だから、シアターキノさんのおかげで、46歳にして夢のひとつがようやく叶いました。
―おめでとうございます!
これで、心置きなく砂川に帰れます(笑)。
―ちなみにあと2つの夢は?
「映画館を持つこと」と、「撮影所を持つこと」です。これはハードル高いですね。
―頑張ってください!北海道出身ということが、作品に影響を与えていますか。
影響はあると思います。たとえば、今作のロケ地を群馬県桐生にしたのも、街の中に山がせり出しているから。僕の生まれた空知平野は山が遠いので、逆にその風景が新鮮でした。砂川は海も遠かったので、海での撮影も好きです。自分にないものを求めるんですね。
―いつか、北海道で撮影したいと思うことは。
バリバリあります!予算さえあれば、「フィールド・オブ・ドリームス」みたいな広大なロケ地を使えるでしょうし、秘境の地が北海道ならまだありそうな気がします。それから、僕はあれが撮りたいと思っていて・・・
―あれ、とは。
コロボックルです。実は子どもの頃、よくコロボックルを見たんですよ。周りには夢だと言われるんですが、話しかけた記憶も何度もあるんです。だから、いつか、コロボックルの映画を作りたいですね
―それは楽しみです。ぜひ実現させてください。
映画「こっぱみじん」 ※公式サイトはコチラ