写真集「懐かしの大都映画」

筆者の友人棚部恵さん(札幌市在住)から当館に 、写真集「懐かしの大都映画」(1992年、ノーベ書房刊、ページ数:227ページサイズ:H366×W263mm)の寄贈をいただきました。北海道新聞、HTB北海道テレビ放送などで活躍された恵さんの父、保徳さん(故人)の愛蔵書だったという。

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戦前、庶民に愛された映画会社。戦下の国策によって幻のように消えた。スターの貴重なモノクロ写真群に田中小実昌、加太こうじ、川内康範らが大都映画オマージュの随筆を書いている。川内さんの一文「無視できぬ大都の業績」を引用して、紹介します。

今にして思えば、戦前の庶民の娯楽の最大のものは、大都映画を観ることだったのではないかという気がする。テレビも、民間放送もない時代に、安い料金で、面白い映画が二本も三本も見られたのだから、庶民にとっては、これほど有難いことはない。               

大都映画は、こうした庶民に狙いをつけて、単純、素朴なテーマのチャンバラ時代劇と冒険活劇を量産したのであった。                                       

実際、戦前の日本を代表する映画会社といえば、誰でもまず松竹とか、日活とかの名前をあげるのが普通であろうが、しかい、一番多くの本数の映画を社会に提供したのは、河合=|大都映画であったことは、まったく知られていない。河合=大都映画は、昭和三年から戦時合同で大映になる十七年までに、総数千三百本を製作、配給している、これに対して、松竹は千二百本、日活は千本程度である。 DSC_0331「てるてる天助」中島宝三監督。左から東龍小、大岡怪童、飯塚小三郎(子役)。抱腹絶倒のコメディー(昭和11年)                                  

しかも、庶民にとっては、松竹、日活の文芸調映画などは、スローテンポで面白くも何ともないのである。それにくらべる、大都映画は、ハヤフサ・ヒデトの冒険活劇はもちろんのこと、時代劇もスピーディーな運びで、観客を退屈させないのである。文字通り、庶民に愛される映画であった。(以下略)

戦後生まれの筆者はハヤフサ・ヒデトは知らないが、大都映画のスターだったという、近衛十四郎、水島道太郎ぐらいならわかります。戦後も活躍したから。

 

この写真集、定価は本体1万9千円、古書ルートにも流通していない貴重なものらしい。長く当館に保存して、愛好家の閲覧に付したいと思います、

DSC_0326なお、棚部さんからはもう一冊、サライの「石原裕次郎特集号」も寄贈を受けました。付録DVDは石原裕次郎主演映画の劇場予告編集。「狂った果実」「錆びたナイフ」「太平洋ひとりぼっち」など6作。これも楽しみです。

(文責・喜多義憲)

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