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お知らせ

2022年9月4日(日)

8月のシネマトークは映画誕生とミニシアターのよもやま話


 

8月20日の「土曜の午後のシネマトーク」は当法人の理事でもあるシアターキノ代表・中島洋さんにお話をしていただいた。
この日は、親しいおつきあいのある是枝裕和監督の初・長編作品『幻の光』のワンシーンが投影され、「今日は“映画の誕生とシアターキノ30周年”というテーマでお話しします」とトークが始まった。

●前半は映画の誕生をテーマにお話が進められた
《映画前史》
映写装置が発明された理由には人間の眼の曖昧さにあった。残像現象により静止したコマとコマの間をつなぐ人間の眼と脳の連動が映画(動画)装置を生んだ。

初期の幻灯機、映写の仕組みを説明

《映画の誕生日》
1895年12月28日、フランスのリュミエール兄弟が1台で撮影・映写・現像を行うことができる装置(シネマトグラフ)を開発し、有料で観客を集め投影を行った。この日が映画(館)の誕生日と定められた。観客はスクリーン上に自分たちの生活を動く映像で初めて見た感動の瞬間でもあったそうだ。その映像は不自然さがなく、同時にリアリズムを獲得することになった。被写体がカメラを意識することもなく自然だったのは、当時、映画カメラがどんなものか分からなかった、からという説もあるとか・・・
《映画に物語を導入》
フランスのジョルジュ・メリエスは映画装置を現実を移す機械ではなく、夢を作り出す道具として考え、物語映画を最初に作った映画監督。特殊効果の創始者で、1コマ1コマ手作業で着色したカラー映画『月世界旅行』(1902)が有名。

初期の映画、右はフイルムのコマに人工着色した映画

●後半はシアターキノについての四方山話で大いに盛り上がった。
1992年29席しかない小さな映画館としてスタート。1998年に今の場所でリニューアルオープンを果たした。30年前、ミニシアターを作ろうと全国のミニシアターを回って話を聞いたところ、皆さん「やめなさい!大変だから」と口を揃えて笑顔で答えたそう。その顔が楽しそうで、この楽しさを逃してなるものか、と始めたら、これが実に大変だったと笑顔で話してくれた。
「ミニシアター経営は自分たちの色や好みの作品だけを上映していては成り立たちません。2割程度はお客さんの入りそうな作品も上映します。その選択や交渉はパートナー中島ひろみ支配人の手腕が冴えわたる。私たちは、私たちの好きな映画だけを流すのではなく、映画の多様性を保証したいと考えています」と中島氏。

30周年ということで取材を受ける機会がたくさんあり、その時に、「今後の目標は?」とよく聞かれ、「シアターキノを続けること」と答えると、「それは分かっています。その上で今後の目標は?」「はい、シアターキノを続けること」と答えるそう。
例えると、僕らは農耕民族。監督などの映画制作者は狩猟民族。僕らは黙々と継続することが大切な目標です。と締めくくられた。

30周年を記念して出版された『若き日の映画本』は名監督たちが若い日人たちに見て欲しい映画を紹介し、そのエピソードなどが綴られている。